貴女は私のお人形
第8章 だから世界の色が消えても、
凛とした目許に濡れた光を宿す黒曜石は、沈着だ。
亜麻色の巻き毛に唇を寄せる純の姿は、さしずめ姫君を愛でる騎士。
あどけない少女の人形は、野原すずめの剥製は、純に愛されるために生まれ変わったのか。美と魂だけを宿した人ならざる存在に、すずめは変わった。変えられた。
いや!──…………
あずなを構成している細胞が、ぐつぐつと音を立ててて目前の光景を拒絶していた。
純が乙愛以外の女を愛でるという現実は、受け入れ難い。
似合わない……!
純の手が、すずめの腰の線をなぞる。
物言わぬ少女の人形は、微動だにしない。
「この子は、大丈夫」
「…………」
「永遠に美しいドールは、永遠にこの姿のまま変わらない。汚いあの男のようにはならないんだ」
狂っている──。
「理解してもらえない?」
「当然です」
「至高の愛だと思わないかな。ドールになる女の子を、すみずみまで愛してあげるの。柔らかな喉から下腹にかけて、彼女のために磨いたナイフを滑らせる。深く切り込みを入れると、たまらなく甘い匂いがするんだ。開いた皮膚から、とめどなく、赤いものが溢れ出す。瞳を閉じたドールの器は、私に全てを任せてくれるの。腕や脚を放り出して、とても無防備。形の良い唇が、ほんの少し開いていて、可愛らしい前歯がちらつく。それは誘惑的。白い胸は、吸いつきたくなるほど柔らかだ。あの時ほど、世の死体愛好家達の気持ちが、理解出来たことはなかった。滴る血の海に手を埋めて、血管を、肉片を、内蔵を、もぎ取っていく。指に絡みつく血液は、極上の葡萄酒にも優る味」
「悪趣味ですね」
「君は完成品しか見ていないから、そんなことが言えるんだ。最高の愛の営みだよ。人間らしい部品の一切を排除した女の子の身体は、綺麗。美しい容姿と、生まれたてみたいな魂だけが、残る」
「…………」
「空っぽになった女の子を生まれ変わらせることが出来る薬があるの。手首や首筋、胸、下腹……新しい命を吹き込むつもりで、一滴ずつ注いでいく。次第に身体は硬直していく。柔らかそうな肌のまま、けれど、確実にビスクみたいなそれになる。寂しがらせちゃ、ダメ。キスしたり、話しかけたりしてあげながら待っているとさ、永遠の白さを保ったまま、変わらない、腐朽なんて絶対にしないドールになる」