テキストサイズ

貴女は私のお人形

第8章 だから世界の色が消えても、


「そんな……」

「仕上げは」


 純が白い薔薇を掬い上げた。

 混交したポプリやブリザード、ドライフラワーは、それら全てを集めて初めて一つの幻に見える。

「真っ白な魂の持ち主に相応しい、真っ白なお花を詰めてあげるの」

「──……」

「この子も、だから、こんなに甘い匂いがしている」


 愛し合う恋人同士にも見える純とすずめの姿が、あずなの殺意をいやが上に煽り立てる。

 すずめの生来の目玉は除かれたあとだ。数日前まで有機質だった少女の人形の双眸は、綺麗な灰色を帯びたエメラルドグリーンに変わっていた。

 何を映し出しているか見当つかない、硝子玉だ。

 事実、純が黒目にキスしても、まるで痛々しくない。



 知りたくなかった。純が愛して良いのは、愛すべきは、乙愛一人だ。

 彼女の愛が乙愛以外の少女に向くなど、忌々しい。



 妖精は、純だった。それなら。…………



 朧げだった空想が、あずなの中で決意に変わった。


 首の青いスカーフをほどく。荒い編み目が通気を促す春夏用の防寒具は、ねじれば直径二センチほどの厚みになる。

 あずなはショールの端と端を両手に構える。
 数秒後の行動は、けだし正気の沙汰ではない。だが、あずなは正気で冷静だ。むしろドクイチゴの商品を手がけている時の方が、高揚している。





 純を──…神無月純を、殺す。





 あずなはフローリングを蹴った。

 雪の積もったコンクリートだ。常軌を逸した量のある花弁が、あずなの足をとりたがる。

 ようやっと、純に飛びつく。

 あずなは、ショールの端と端を引っ張った。


「湖畔さ──」

「許して下さい、神無月さん……っ」


 あずなはショールの縄を正鵠にかけた。

 初めてだ。成功すれば殺人になる。

 あずなは無我夢中で試みていた。映画やドラマで観たことのあるシーンを思い出しながら、力を強める。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ