貴女は私のお人形
第8章 だから世界の色が消えても、
「君みたいな子は、初めて」
純の手があずなの輪郭をなぞる。
「手に入らないから。そういう動機で私を手にかけようとした子は、今までにもいたけれど。そんな、敵意剥き出しで来た仔兎ちゃんは、初めてだ」
身体があずなに従わない。純を拒んで離れたいのに身を引けない。
注射器が純の片手を転がり落ちた。針に、僅かな血の色が付着している。
「……睡眠薬?毒?」
「目覚めたあとの、お楽しみ」
「神無月さんは、私の、師匠だと思ってました……」
憧れていた。
この世の女子達の愛を一身に受けて、歌い手として、ブランドのオーナーとして成功への道を突き進んでいた純は、あずなから見て眩しくないはずなかった。
あずなが純に興味を惹かれたのは、彼女が、輝かしい表舞台の存在だからか?
一理ある。ただ、それだけではない。
純が、あずなに似ているところがあったからだ。
「神無月さん、本当は、人間好き……でしょ」
「湖畔さんは、認めるの?」
「里沙も乙愛ちゃんも、残念ながら、人間ですから」
「本当、残念だよね」
ああ、あとどれくらい、純と話が出来るだろう。
覇気のない自分の声を聞きながら、あずなは思う。
やはり、さいごに、里沙に会わせて欲しかった。離れたくない。離れたくなかった。
「神無月さん……私やっぱり、人間、やめられない」
「ドールになる方が幸せだよ、君なら」
純の指摘にあずなは笑った。
乙愛をドールの姿に変えた。彼女の心の中にだけは、ドクイチゴは生き続けよう。
嘘でも、里沙みたいな美しい親友が「お姫様」と呼んでくれる、夢より幸せな日々を送った。二度と目覚められなくても、里沙があずなを忘れても、その事実だけは変わらない。