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貴女は私のお人形

第8章 だから世界の色が消えても、








 動かなくなった妖精を見下ろす純の胸奥は、僅かな波紋も立たない水面だ。

 あれだけ威勢の良かったあずなが、たった一滴の薬で眠った。いっそ味気ない。彼女も所詮、人間の器に桎梏されていたのだ。手首に残った針痕が、脆さを物語っていた。



 こんなに簡単に、眠れるんだもんね。…………



 うつ伏せたあずなをソファに移す。頬にはまだ血色があった。呼びかければ、唇は応えるために動き出すのではないか。


 生涯忘れられない少女の最期が純の脳裏を掠めていった。



 聖音…………。



 彼女も、こんな風に呆気なかった。

 あんなにも固く繋いでいた二つの手と手は、簡単にほどけてしまった。


 もしや人間自身が、彼らに匹儔して薄情な神に製造された、マリオネットだったりするのか。


 白い花弁にうずもれるあずなは美しい。
 純の好むタイプの女とは異なりこそしても、ドールになるだけの価値はある。


 これで……今度こそ、終わる。


 あずなのボレロに指をかけた。得体の知れない高揚が、ボタンを一つ外した純を急かす。
 ふんだんにフリルのあしらってある生成のボレロを払い落とすと、青いむら染めのブラウスが露わになった。襟に通ったパールのチョーカーの留め具を外す。カメオが鎖骨に淡い影を刻んでいた。少女はドールに変えたあと、衣服も装身具も元通りに整える。あずなも例に漏らさない。そのため純は、今しがたのチョーカーを、ボレロと一緒に薔薇に預けた。

 湖畔あずなのかたちをした未完成の人形が、だんだん、無防備な姿になっていく。

 禁忌を犯してこそ成り立つ、二つとない美。

 こうして近くで見ていると、あずなはなかなかあどけない。哀れな肉体に機能させられていた魂が、いかに無垢か。ともすれば生まれたてのごとくだったということが、彼女を眺めて触れていると、純には手に取るように分かる。

 白く柔らかなあずなの肢体に、ナイフを立てる瞬間を、想い描く。

 すっ、と、赤い筋を入れて中を開けば、どんな真紅が咲くか。

 考えただけで劣情が騒ぐ。

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