貴女は私のお人形
第8章 だから世界の色が消えても、
純はあずなを引き寄せた。
首筋に指を伝わせる。
しっとりと指先に吸いつく滑らかな肌だ。
まろみを帯びた鎖骨を覆っているのは、柔らかくも薄い肉。取り除くのさえ惜しくなる。
二つの乳房の渓谷をなぞる。見かけより膨らみのある肉山が、手のひらに当たった。腰の線は、ボリュームのある洋服を除いて初めて、思い描いていたより細いと分かった。
匂いやかな首筋に口づけながら、純は、彼女のはだけたブラウスを捲り上げる。シルクのようなビスチェのファスナーを下ろすと、今度こそじかに彼女に至った。
一度くらい犯しても、問題ないか──…?
未完成の人形だ。
守ってやりたい身性でなければ気品も乏しい妖精なのに、ただ生気が抜けただけで、こうも引力を備えるのだから不思議なものだ。
快楽にも、痛みに顫えることもなくなった肉体に、前戯など意味はない。
だのに純の手は彼女を這う。そこに愛など微塵もないのに、純の唇が、彼女の素肌を味わいたがる。胸を揉みしだいて腰にも腹にも呼び水をかける。乱れに乱れたブラウスからはみ出た肩にキスをしながら、純は、小花柄のスカートのホックを外した。
「あずな!!」
それは空耳のように唐突だった。
聞こえるはずのなかった悲鳴が、どこか現実から逸脱した空間を切り裂いた。
耳に馴染んだ声に振り向く。案の定、扉にいたのは招いてもいない客だった。
「野本さん」
白い海に飛び込んだ里沙は、純の存在など景色の一部とすら認識していない剣幕だ。野原すずめの人形にも見向かない。
「あずなっ……あずな!」
あずなの身体が純の腕から里沙のそれに渡っていった。
自ずと開けもしなくなった目蓋に何を期待しているのだ。純が硝子玉を用いない以上、里沙が彼女の親友と呼ぶ女と見つめ合うことは不可能だ。
肌をほとんど露出した女に、ブラウスを整えてやる余裕もないのか。
姫君を抱いて泣きそうな声を歪める皇子が、純からすれば滑稽だ。