貴女は私のお人形
第8章 だから世界の色が消えても、
「……あずなを、助けて下さい」
「不法侵入しておいて、その態度?」
侮蔑しかない里沙の双眸に純が映る。
あずなやすずめに共通していたまるみのある目許とは違う。乙愛のように気高く、とろけるような眼差しを湛えたのでもない。
里沙を象るものは清冽。迷いのない瞳の強さが、純を今にも射抜かんと煌めく。
「残念ながら」
この期に及んで希望を失わないような里沙に、虫酸が走る。
「解毒剤は持ってないんだ」
「嘘……」
「嘘を言っても仕方ないじゃん。お詫びに」
半分ほど薬の残った注射器を拾い上げた。
「君もドールにしてあげる」
「はい?!」
「いらないでしょ。彼女に会えない未来なんて、欲しくないでしょ」
「──……」
あずなを抱き締めて俯いた、里沙の沈黙は肯定だ。
誰でも愛をなくした未来に期待は見い出せない。
純がそうであったのと同様。姫君を救いそびれた目前の皇子も、いずれ生き地獄を彷徨う。
いっそ、二人仲良く送り出してやるべきだ。
「痛くないようにするからさ」
里沙の肩に手をかけて、純は彼女の腕を撫でる。
純をはねのけるどころか敵意も向けない。
シフォンの袖を捲り上げて、白い腕に針をあてがう。
その時だ。
「やめろ!!」
またぞろ第三者が飛び込んできた。招かれざる男が、純と里沙との間に割り入る。
注射器は、その弾みで純の手を離れる。