貴女は私のお人形
第8章 だから世界の色が消えても、
「……どういうつもり?」
純は、剛毛を短く切り揃えた頭の中年男を見上げる。
白いワイシャツが青くさえ映る男の腕は、ほんのり日に焼けて黒く光っている。年相応に皺の入った顔面は、しかしながら快活だ。
粘着質な声の男は疎ましいほど堂々として、ある種の風格をまとっていた。
「どういうつもりだと?」
「うん。田中ノゾミさん。…──いや、本名は、田中希壱だったかな」
「知り合い?!」
純は里沙をねめつける。
こんな男と知り合いになった覚えはない。
「貴方の名前は、偶然、思い出しただけ。二十年前、私をあれだけ不快にさせた。また遭うなんて」
「ノゾミが俺だと、純ちゃんは全く気付かなかったな。眼中にも入れたくなかったか」
「覚えている価値もなかっただけ」
「忘れたかっただけだろう」
「……で貴方の気持ち悪いノゾミの芝居は、おとり捜査ってやつだったの?」
「名演技とは評価してもらえなかった、か」
わざとらしく息を吐く、田中希壱こそ、純は刺し殺したくなった。
田中希壱は蒙昧で、傲慢だ。
二十年前にも、純は希壱と接触があった。
あの頃から、希壱は人間の中の人間だった。
「さて」
希壱が、表情を引き締めた。
「野本さんは医者を呼べ。そちらのお嬢さんは息がある」
「えっ……」
「急げ!」
希壱が無装飾の携帯電話を里沙の目前に叩きつけた。
「純ちゃんは」
「──……」
「町に帰って、警視庁に同行願う。話はそれからだ」
希壱が掲げたのは旭日章。太陽にも花にも見える印の下部に、彼の属する組織が主張してあった。その「警視庁」という文字は、誇らしげに黄金色の艶を放っていた。
ノゾミの姿をした希壱は、自宅警備員だと自称していた。彼の管轄が自宅に限定しているなど、端から嘘だ。