貴女は私のお人形
第1章 あの人はあたしの神様で、
もっとも、いくら神無月純のファンでなくても、淑女たるもの遅刻はまずい。
電話口で、澄花は、迎えに来る旨を告げた。あずなも現在地の特徴をなるべく詳しく説明したから、じきに彼女は見えるはずだ。
澄花を待ちながらの暇を持て余していると、絨毯を踏む微かな足音が耳に触れた。
「湖畔あずなさん?」
少し低めの、凛とした声があずなを呼んだ。
「……──っ」
弾かれるようにして顔を上げて、言葉が飛んだ。
脳天を殴って心臓をくすぐられたような、くらくらするむず痒さが、あずなをみるみる固めていった。
迎えがこんな美女などと、聞いていない。
今しがたの声と言い、電話の澄花とは別人だ。
「しゅみ、すみゅ…………じゃなくて、澄花さんじゃないでしょ?!」
日頃は人見知りというわけではない。そのくせあずなの心臓は、 一秒ごとに騒がしくなる。
せめて迎えの礼くらい、明瞭に告げたい。
あずなは、渇いた喉を落ち着かせるべく咳払いした。
だが、先に口を開いたのは、グレーと黒のコントラストが完璧な、皇子スタイルの女だ。
「ごめんなさい。たった一人のスタッフさんが、開会時間を過ぎた宴の席から離れては、皆様に申し訳ないだろうと思いましたの。それで代わりに」
「うっ……ごめんなさい……」
「仕方ありませんわ」
「でも、皆さんもうお集まりでしょ?」
「迷路みたいなところですもの。私だって迷いかけたわ」
「──……」
腰を低めたあずなに、女は片手を差し出した。
「お手をどうぞ、お姫様」
瞬間、世界の色が変わった気がした。
「……王子様……」
まるで磁気でもあったかのように、あずなの片手は女の片手に重なった。
今日初めて、説明し難い昂揚が、あずなを襲った。