貴女は私のお人形
第1章 あの人はあたしの神様で、
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湖畔あずなという女を連れて、里沙がテーブル席に戻った。
さっぱりとした甘めのクラシカルスタイルがよく似合う、ピンクブラウンの髪とオレンジに近い淡い薄紅色の頬が印象的な女だ。
「我らがドール、神無月純の登場です!」
澄花の一声が、ラウンジの青い照明を一斉に消した。
どくどく、どくどく──……
期待と鬼胎、法悦と緊張とが、いよいよピークに昇りつめる。
胸に下げた銀古美のクロスを握る乙愛の肩は、自ずと縮まる。
「やはり恥ずかしいわ、澄花。この演出」
囁くようなソプラノの声が、耳に触れた。
顔を上げると、晦冥が晴れて小宇宙が戻っていた。
懐かしい声の主を求めて、乙愛は視界を巡らせる。
お姉様──……!
乙愛の左側には変わりなく、あずなと里沙が、向かい席にはすずめ、リュウ、ノゾミが落ち着いていた。主賓席の傍らは、やはりこの場に浮いたお下げ頭に黒縁眼鏡の澄花がいる。
そして澄花のすぐ隣に、今しがたまではいなかったはずの女がいた。
もっとも女は、女という性別に分けられる、つまるところ人間なのかは疑わしい。
人形──……?!違う、天使!
声が上がりそうになった口を、乙愛は咄嗟に押さえ込む。
澄花に拗ねた顔を向けた人物は、あの声を備えていた。
侠気と嬋娟がひとところにある目鼻立ちに、透き通るような象牙肌、完膚なきまで精巧なビスクドールの肢体に一点の穢れもないドレスをまとった女は、波打つ錦糸の金髪を腰の辺りにまで流していた。
まとうオーラは、風は、柔らかで優しくて、気高い。
どこまでも神聖で罪深いほどに無垢な色が、女を形成していた。
現世に存在しているはずのラウンジごと、乙愛は、まるで踏み込んではならない領域に迷い込んだ錯覚に陥りかける。
女が客席を見渡した。凛とした、憂いだ色香を湛えた目と、目が合うと、乙愛の鼻の奥がつんとした。
彼女こそ、神無月純。
惹かれて恋して共感した、その人だ。