貴女は私のお人形
第1章 あの人はあたしの神様で、
「この沼は、フェアリーサークルの跡だという噂があるわ」
「部屋に置いてきた人形は、妖精の伝承と関係があるの?」
「そう。あれは、貴女と私の身代わりなのよ。私達の結婚式は、最高に可愛らしくってロマンチックにしたかった。だから私、ここを選んだの」
貴女に、何も抱えて欲しくないから。
「全部、何があっても、妖精の所為にしちゃってちょうだい。ここはチェンジリングが起きても不思議じゃない場所なんだもの」
まるで子供騙しなお伽噺を語る恋人の声音は、悪戯を楽しんでいるようでもあった。
少女は恋人の謎かけを、謎かけともとれなくなっていた。
とんでもなく美しい彼女の顔すら、もう、秘薬がぼかしていたからだ。
「──……」
意識が朦朧とし出していた。取り落としたグラスを気にする余力も、必要もなかった。
騎士のような風貌の少女は、ただ彼女の姫君の体温を求めて片手を動かす。姫袖に触れた。柔らかな手の甲を覆っているはずのレースは、温度まで少女に伝えることはない。
「聞こえる……?──…」
愛している、と何度も口にしたように、少女は最愛の恋人に呼びかける。
次に逢える場所があるとすれば、天国か、それとも地獄か、どちらだろうか。
少女達のゆく先に、再会はない。
「聖音(さとね)……っ!」
姫袖の下に覗く華奢な片手をひしと握った。
何度も何度も、何度も呼んだ美しい名前を、本当はもっと呼びたかった。
彼女と片時も離れるなんて、耐えられない。
せめて魂だけの世界にいっても決して彼女とはぐれないよう、少女は恋人の手を捕まえる。
「…………」
美しすぎる恋人は、天使のような、ドールのような人だった。
霞んでゆく意識の中で、少女はただ、悲しくて憎らしくてやるせなかった。