貴女は私のお人形
第1章 あの人はあたしの神様で、
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心地良く揺れる座席の側を、碧落と緑が流れ過ぎてゆく。
イヤホンから聞こえてくるのは、柔らかなさざ波が幾重も打ち寄せてくるようなカプリチオと、天上の女神の奏でるハープのような歌声だ。
神無月純(かんなづきじゅん)。
ライブハウスやネットで歌う、かのクリエーターに、文月乙愛(ふづきおとめ)は傾倒していた。
純はシンガーソングライターを本業にしながら、独自のブランドを手がけ、インターネットで通信販売も行っている。
その楽曲は、聖歌であって絶望だ。少女のように無垢でありながら、羽のような真綿に聴き手を絡め取って、底知れない無の深淵に引きずり込む。そこには悲痛な叫びがある。生命がある。
純の歌には、歌詞こそあっても言葉がなかった。誰を想い、何を思い歌っているのか、そうした解釈を試みる行為自体が、愚かしく色消しなのだ。
……お姉様──……。
顔も知らない、経歴も実生活も何一つ知らない純の声に、乙愛は恋に落ちていた。
初めて歌に触れた二年前、乙女は、純こそ自分の理解者だったのだと思った。謎のヴェールに素顔を覆った歌姫は、さしずめ鏡に映した乙女自身だった。
それでいて、全く違う。
ロリィタファッションを身にまとっているという純に、初めは共感しやすかったのかも知れない。
だが、それだけではない。
純の持つかたちの知れない魂に、無条件に、乙愛のそれは共鳴していた。