貴女は私のお人形
第2章 煌る場所にいるはずで、
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高地を下りると、淡い碧落に繋がるような田園に、民家や店屋が点々と見える。
昨日と同様、雪解け水でも撫でてきたような夏風が、柔らかな陽射しを吹き抜けていく。土と緑の匂いが、清々しい空気に溶け込んでいた。
乙愛とすずめは、一軒の露店に足を止めた。
二人の受け取った地図によると、ここがオリエンテーリングの第一課題の待ち受ける、野菜の専門店だ。古びたワゴンに、土の残ったレタスや人参が新鮮そうに並べてある。
白髪混じりの女と目が合った。ここの主人だ。
「『乙女の避暑』のお嬢さん方ですか?」
「はい。オリエンテーリングの……ここですか」
すずめが主人に地図を向けて、この地点を指示した部分を指差した。
「ええ。いらっしゃいませ。まぁまぁ、可愛らしいお嬢さん方で……」
目尻の皺を深めた主人が、腰を上げた。
白銀の混じったまとめ髪に、見るからに善良な人相。絵に描いたような農家の婦人だ。
「ウチの孫も大きくなったら、そんな衣装を着せたいわ」
定型句もどきで沈黙を潰しながら、主人は木箱を取り上げて、中を探る。
半分に切ったじゃがいもが二つ、乙愛とすずめの目前に出てきた。
「お嬢さん方には、このじゃがいもで、スタンプを彫ってもらいます」
「楽しそうね、おと姫」
「小学校の図工以来だわ。ちゃんと出来るかしら」
「これが見本。ハートの形に彫るだけだから、すぐに出来ますよ。彫刻刀は、好きなものを使って下さい。おっと、カーブはこういう、尖っている刃の方が彫りよいわ……」
朗らかな指南を傾聴しながら、乙愛とすずめは、露店の傍らに腰を下ろした。
折り畳み机を一つ挟んだ丸椅子は、相当使い込まれているらしく、何のシミか分からないような汚れもあった。既に乾ききっているから、真っ白いスカートに移る心配はない。机台の落書きも色褪せていた。