貴女は私のお人形
第2章 煌る場所にいるはずで、
「お婆ちゃんは、『乙女の避暑』のオリエンテーリングに、どうやって協力することになったんですか?」
じゃがいもの切り口に彫刻刀を立てながら、すずめが問うた。
「純ちゃんの秘書の……ええと、澄花ちゃん。澄花ちゃんが、村長にお話を寄越したらしいんよ。『乙女の避暑』の、下見に来ていたんだろうねぇ……この辺じゃあ珍しい娘さんが見えたから、あの山の上にある宿の宿泊客かとぴんときた。あたしが村の張り紙を見たのは、澄花ちゃんを見かけた二日後だ。協力店を募集するって内容だった。それでね、若い人達の楽しみに、一役買おうって決めたんよ」
「純様はご一緒ではなかったんですの?」
彫刻刀は、じゃがいもの澱粉が付着するにつれて、滑りにくくなる。主人が濡れタオルを出してくれた。
澱粉を拭いながら、今度は乙愛が質問した。
「おと姫には大事な質問ね。どうなんですか?お婆ちゃん」
「純ちゃんは、いなかったねぇ」
ハートの輪郭が仕上がった。あとはそれが浮き出るように、じゃがいもの縁に向かって彫るだけだ。
「でも、あたしゃ純ちゃん、知ってるよ」
「それはどういう……」
「二十年ほど前だねぇ、昔からハイカラな娘さんだった。今でもはっきり覚えとる」
主人が、誇らしげに自分のこめかみに人差し指を当てた。
「ここに、純様が……?」
半信半疑は否めない。それと同時に彼女の話が事実なら、乙愛は少し羨ましい。
この主人は、乙愛の知らない、二十年も前の純を知っているというのだ。
「あの頃だねぇ、チェンジリング事件があったのも──」
「チェンジリング?」
チェンジリングとは、取り替え子のことである。妖精が自分の子供をこの世に置き去りにしていって、代わりに人間、なかんずく子供をさらう。
「お気を付け。お嬢さん方がお泊まりの宿の森の奥深くには、妖精が住んでおる。いとけないものとは限らない、綺麗な娘をかっさらってゆくんだよ」
それは二十年ほど前に純を見たという話より、突拍子もない夢物語紛いの情報だった。