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貴女は私のお人形

第2章 煌る場所にいるはずで、




「乙愛ちゃんは、私のお客様です」


 相変わらず純には雑草にしか見えない草を、あずなの無邪気な指先が、器用に摘み取っていく。

 樹皮の剥がれた幹の色をしたワンピースに、同系色の淡いエプロン。木苺の色のボブの髪。
 その背姿は旅行者でなく、いっそ初めからこの森林に隠れ住んででもいた人ならざる雰囲気がある。



「ドクイチゴって、軟弱ブランドなんです。今は委託もやってますけど、二年前までは作った物、売れ残ってばっかりで」

  
 天気の話でもするように、片手間のあずなの話が続く。


「ドクイチゴには、クラシカルラインとベーシックラインがあります。クラシカルラインは、私の全て。と言っても一般に伝わりやすいよう、そう名づけているだけで。私はロリィタになりたかったわけじゃない。私がしっくりくるもの、心の中、全部詰めちゃっただけです。現代社会への皮肉や、自然懐古。優しい素材や優しい色。花に鳥に、リネン、コットン、木綿のレース。ナチュラルな、自然に対する憧れに身を包んでいる間だけ、我欲に汚れた概念に踊らされてる、彼らと同じ肉体を持ってる悲劇を忘れられます」



 条件反射的に共感しかけた自分の声を、純は制した。


 口許に当てた指先の血脈が、手首へ、腕の神経へ、呻く鼓動へ響く。


 たかが他人の掲げる理屈に、こうも動揺したのは久々だ。


「ベーシックラインは、乙愛ちゃんの御用達です。何となく始めた路線。ナチュラルガーリーだけでドクイチゴを一年やって、その後、ベーシックを始めました」

「気が変わってロリィタになりたくなったの?」

「まさか」


 小さく笑ったあずなの声が、風にとけた。

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