貴女は私のお人形
第3章 貴女をあたしは知らなさすぎて、
「純様はあたしの全てなの。この一週間は、今年の夏休みの一大イベントよ」
純様、と口にした瞬間、まるでそうした体質だったかのように、乙愛の胸が切なく鳴った。
昨日のことが、また、脳裏を駆け巡る。
電話口の向こうで、敏也の鼻息が鳴った。
『父さんが乙愛くらいの年の頃は、健康的にテニスサークルをやっていた』
「ふぅん」
『楽しかったぞ。父さんの大学は男子ばかりだったから、近くの女子大と合同でな。お前の行ってるお祭り騒ぎは、男もいないんだろ』
「いるわ。あまり話さないけれど」
『男もあんな異常な格好をするのか?』
異質なはずの攻撃も、一対一ではさばかり殺傷力を伴う。
ロリィタ服に袖を通さない、とりわけ敏也の属する類の人間らと、乙愛らとの現実的と呼べる基準は異なる。乙愛が初めて美しい白いドレスをまとった時も、彼は神妙な顔をして「学校でいじめられたのか?」と質した。
夢物語でも、若気の至りでもない。
配偶者もとい唯の本音も娘の人格も、目に見えるところで決めつけたがる父親に、それだけの想像力は働かせられまい。
「もう、切るわよ」
『待て、乙愛』
「何」
『お前はまともだ。父さんは、お前が道を踏み外さないと信じている』
「はい?」
『お前は夢と現実の区別もつくし、反抗期を過ぎれば、お前の格好が、ちゃんとしたやつなら着れん恥ずかしいもんだと気付くはずだ。父さんが教える必要はない』
「は……い?」
『お前の好きな歌手は、女だ。どこが良いんだ?』
「えーっと……」
見れば分かる。
純ほど美しい人間は、否、天使は、男には見えない。
おそらく敏也に、女が女を好きになる自然現象がどれほど一般的かを諭しても無駄だ。