貴女は私のお人形
第3章 貴女をあたしは知らなさすぎて、
「リュウ様っ?!」
後方から、リュウはすずめに腕を伸ばした。
掴まえて胸に引き寄せて、強く優しく抱き締める。
「……足りない」
「え?」
「足りない、すずめ」
『乙女の避暑』へ旅立つ前、リュウはすずめと言い交わしたことがある。
すずめの身体を気遣うあまり、彼女のやりたいことを止めるような真似はしない。
人並みの少女ら同様、すずめが思い出をつくれるよう、普通の恋人同士ら同様、二人、笑い合ったり喧嘩したり、他愛のない時間を過ごせるよう、リュウが彼女を気にかけるのは、必要に迫られた場合に限ると約束した。
しかし、リュウはすずめとは違う。
ひとときでも悲しい事実を追いやれない。平気な振りをして笑えない。
「リュウ様……」
すずめの鎖骨に回したリュウの手に、彼女の手が重なった。
「すず姫は、まだ大丈夫よ」
「──……」
「眠っていたって、リュウ様のところに帰りたいから。目を覚ませる。戻ってこられる」
それが事実なら、他の何を切り捨ててでも、リュウはすずめの側にいる。
すずめを溺愛している父は、リュウら兄妹の法に背く関係を、容認している。
外へ出ればそうはいかない。
世間は、父のような理解のある人間ばかりではない。
それでも、リュウの存在がさしずめ陽炎の命を繋ぐなら、兄妹が生涯の愛を誓おうと、神は目を瞑るのではないか。
それを背徳だと世の人間が言うならば、彼らこそ血も涙もない悪魔だ。
もっとも、それらはもしもの話に過ぎない。
すずめが、余命半年を宣告されて、今日で、五ヶ月半を過ぎた。