貴女は私のお人形
第3章 貴女をあたしは知らなさすぎて、
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夏空を薄める夕陽さえ、すずめの腹の奥底に、呼び水を施す。
胸が詰まる。まるで初恋の果実でも口にした心地だ。
ただし、すずめがリュウに告白したのは、五年以上も前のことだ。初心などとっく遠ざかったあとである。加えて恋人であって兄でもある男とは、同じ屋根の下で毎日顔を合わせている。
にも関わらず、どきどきしている。
足取りさえ覚束なくなる。
「おと姫、やるわね」
実の兄に恋心を打ち明けたすずめ自身も、振り返ればそれなりに果敢だ。が、やはり来し方に成り果てたすずめ自身の恋愛経歴に比べれば、乙愛の方が鮮度が高い。
「リュウ様も思うでしょう?おと姫と純様は、一昨日知り合ったばかり。信仰心は誰より優ってるでしょうけれど、おと姫は純様のライブにも行ったことがなかったの。もとより純様は一部の女の子達の神様で、憧れで、とびきり美人。おまけにいかにも大人の女性。その純様のハートをよ……緊張してがっちがちのおと姫は、顔と眼力だけでくすぐっちゃったの。ね?すごくない?」
実際、純がいきなり乙愛に話題を振った徹底的瞬間を見たすずめは、その場でフォークを落としかけた。
それまで純は、里沙と談笑していたはずなのにだ。
あの時の乙愛の驚愕やら緊張やらが混濁した顔は、可哀相にさえ見えた。
すずめはリュウとじゃれながら、乙愛と純の監視を続けた。すると事態はエスカレートした。
純が乙愛を口説き出したのだ。
サービスにしては、乙愛だけだった。
もとより純は、昨日も今日も、他の参加者には見向きもしていなかった。話はしても、好意を見せたりスキンシップはしなかった。
何より、乙愛を見る純の目は、芝居によるとは考え難い。
まるでリュウがいつもすずめを見つめるような目で、純は乙愛を見つめていた。ともすればそれ以上に切なげに、純は乙愛を求めていたのではなかったか。
リュウには悪いが、すずめはとうとう、紅茶の香りは疎か、間接キスの味も分からなくなったものである。