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貴女は私のお人形

第3章 貴女をあたしは知らなさすぎて、


* * * * * * *

 夏空を薄める夕陽さえ、すずめの腹の奥底に、呼び水を施す。


 胸が詰まる。まるで初恋の果実でも口にした心地だ。


 ただし、すずめがリュウに告白したのは、五年以上も前のことだ。初心などとっく遠ざかったあとである。加えて恋人であって兄でもある男とは、同じ屋根の下で毎日顔を合わせている。


 にも関わらず、どきどきしている。

 足取りさえ覚束なくなる。



「おと姫、やるわね」


 実の兄に恋心を打ち明けたすずめ自身も、振り返ればそれなりに果敢だ。が、やはり来し方に成り果てたすずめ自身の恋愛経歴に比べれば、乙愛の方が鮮度が高い。


「リュウ様も思うでしょう?おと姫と純様は、一昨日知り合ったばかり。信仰心は誰より優ってるでしょうけれど、おと姫は純様のライブにも行ったことがなかったの。もとより純様は一部の女の子達の神様で、憧れで、とびきり美人。おまけにいかにも大人の女性。その純様のハートをよ……緊張してがっちがちのおと姫は、顔と眼力だけでくすぐっちゃったの。ね?すごくない?」


 実際、純がいきなり乙愛に話題を振った徹底的瞬間を見たすずめは、その場でフォークを落としかけた。

 それまで純は、里沙と談笑していたはずなのにだ。

 あの時の乙愛の驚愕やら緊張やらが混濁した顔は、可哀相にさえ見えた。


 すずめはリュウとじゃれながら、乙愛と純の監視を続けた。すると事態はエスカレートした。


 純が乙愛を口説き出したのだ。


 サービスにしては、乙愛だけだった。

 もとより純は、昨日も今日も、他の参加者には見向きもしていなかった。話はしても、好意を見せたりスキンシップはしなかった。
 

 何より、乙愛を見る純の目は、芝居によるとは考え難い。
 まるでリュウがいつもすずめを見つめるような目で、純は乙愛を見つめていた。ともすればそれ以上に切なげに、純は乙愛を求めていたのではなかったか。

 リュウには悪いが、すずめはとうとう、紅茶の香りは疎か、間接キスの味も分からなくなったものである。

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