貴女は私のお人形
第3章 貴女をあたしは知らなさすぎて、
高貴な人間たる者、いかなる状況に置かれた時も、毅然と構えろ。
幼かった時分から、国会議員である父が、リュウに教え込んだ通念だ。
怯んではならない。
一瞬でも、他人に弱みを見せてはならない。
頭では分かっていながら、リュウの肌はしとりを深める。
「誰かいるのか?」
都市伝説や噂によると、『パペットフォレスト』の立ち入り禁止区域には、妖精の棲処が潜むらしい。
五十年に一度、妖精達はチェンジリングを仕掛けるだの、美しい娘を連れ去っては仲間にして楽しんでいるだの、今時子供騙しにもなるまい風聞は、後を絶えない。
もちろんリュウは信じていない。が、事実、過去にここに滞在していた少女が一人、チェンジリングに遭ったという記録が残っている。
チェンジリングと呼べるかは怪しい。数日後、少女の身体は、森の奥深くの沼の畔で冷たくなっているところを発見された。
当時、リュウは小学生だった。
十にも満たない頃に見た、ニュースの報道や新聞記事を、覚えていたわけではない。
例の事件を知ったのは、ほんの数日前のことだ。
リュウは、すずめとの思い出を重ねる『パペットフォレスト』の近辺を下調べしていた。その折り、職場の資料庫で、その全貌を見つけたのである。
気味が悪い。
チェンジリングは出鱈目にしろ、宿泊施設『パペットフォレスト』は、曰くつきだ。弱冠二十二歳の健康な人間が、非業の死を遂げたのには変わりない。
「いるなら、答えろ」
蝉の鳴き声が、心なしか弱まった。
どこからともなく、さわさわと葉音が迫る。小川の流れる音が涙に聞こえた。
寒い。涼しいはずの高原の夜は、いっそ肌寒さを覚えるくらいだ。
妖精でなくても、本当にこの宿泊施設には、何かがいるのではないか。
そして、科学では証明出来ない何かが起きるのではないか。
たとしえない瘴気が、リュウにまとわりついていた。