貴女は私のお人形
第3章 貴女をあたしは知らなさすぎて、
さわさわ、さわさわ…………
違う。葉の擦れ合う音ではない。
足音だ。
リュウが感じている程度の風では、こうも葉は揺れないはずだ。
ゆっくりと、しかし着実に、何者かがリュウに距離を詰めていた。
「……──っ」
振り向くや、リュウは妖精より信じ難いものを見た。
「──……?!」
人という存在でありながら、人ならざる存在の手には、甚だ物騒な物が握ってあった。
森と同化しても頷ける、まるで純真無垢な姿をしたその人物は、リュウにおそらく渾身の殺意を向けている。
殺意が、こうも心地の好いものだったとは。
「そうか……」
心地の好いものなどではない。目前にいる女の殺意は、一種のエクスタシーをリュウに与える。
この血肉が彼女の手にあるナイフの刃先の鞘になるなら、それも運命だったのだ。
逃げなければいけない。
こうした場合、逃げて喚いて最後の最後まで抗ってこそ、生存本能を備える人間として真っ当だ。
だのに得も言われぬ極上の快楽が、リュウを誘う。
大した苦しみも知らないで、老いもせず、美しいまま花と散る。
自分に相応しいではないか。
抗わなくてこそ正当だと腹を据えたリュウの意識は、一瞬にして、とてつもない痛みが断った。
皮膚が裂けた。肉が潰れた。脈が切れて、血が──。…………