貴女は私のお人形
第3章 貴女をあたしは知らなさすぎて、
純様…………。
乙愛には到底手の届かない、歌姫だ。愛し愛される関係など、天地がひっくり返っても望めない。
望めないのに、純の歌を、こうも間近で浴びている所為か。乙愛は、今だけは彼女と恋している心地に酔えた。
純が乙愛を愛してくれているような、一方的な錯覚に、陥る。
『楽園小夜曲』に続いて『requiem』、次に純が歌い出したのは、『ドールの恋人』だ。
この世には、美しくないものが満ち溢れている。
美しくないものこそが必要とされて、社会を営んでいる。幸福ととり違えた我欲を満たさんと躍起になって、人間が、いつしか可視的な富、集団が従う蒙昧だけを崇拝するようになったからか。
機械仕掛けの世界に辟易して、愛せない。そんな自分自身に嫌気の差すことがあっても、純の歌に耳を傾けていれば、乙愛は全てが赦される気さえする。
色づきすぎた世界にも、まだ、美しいものはある。
純が信じさせてくれた。
気持ちが軽やぐ。
神無月純という存在に、逢えて良かった。
曲が終わった。
沈黙の降りたラウンジ内に、この世のものならざる何かが流れていた。
にわかに乙愛の視界の端に触れたあずなが、生魂の抜けたような顔をしていた。
里沙は、純のファンである妹を持つだけに、歌を聴いたのは初めてではないからか。あずなほどではない。
「今夜は」
純が、顔を上げた。
その声は、やはり賛美歌が似合おう清らかさがある。