貴女は私のお人形
第3章 貴女をあたしは知らなさすぎて、
「いけません、田中様!田中様は、私とラウンジへ戻って、バーテンダー特製『乙女の夢見るカクテル』を飲みましょう!」
「なぁに、それ」
「飲まなければ乙女失格、飲めば乙女として箔が付きます」
聞き馴染みのないカクテルだ。また、澄花がそうしたものに関心を持つとは考え難いところからして、機転の利く彼女のことだ。おそらく、上機嫌のあずなからノゾミを引き離すための出任せだ。
澄花に付いて、ノゾミが喜々として『ブルードール』に戻って行った。
「さて。優しい澄花様のお陰で、邪魔者は消えたわ。乙愛ちゃん、行きましょ」
「あの、ですからあたし──」
「神無月さんっ。神無月さんもカラオケ、ご一緒しません?!」
あずなの視線が乙愛を外れた。その口振りは、まるで偶然出くわした友人を、ついでだから、と誘うものだ。それにしては空耳でもない限り聞かなかろう名前が、乙愛の頭でその主と結びつかず、ただつられるように顔を上げると、『ブルードール』を出て一つ目の曲がり角に純がいた。
「誘ってくれるの?」
あずなの落ち着きようは、乙愛からすればありえない。おまけに純がカラオケで歌う姿も想像つかない。
銀白色の覆った思考をもて余して、秒針の流れについていけなくなった乙愛の目前で、あずなと純が友好的に目と目を交わす。
「もちろんですよぉっ。可愛ーいラブソングを歌って下さいっっ」
「有り難う。乙愛が行くなら、私も行くわ」
「へっ?」
「カラオケは好きなの。特に」
乙愛の視界を、純の微笑が占拠した。
しなやかな手が乙愛の右手を掬い上げる。あっ、と思うまでに純の両手に包まれた。
指と指とが絡み合う。
「魅力的な女の子が一緒だと、気合いが入るわ」
「あ、の……?」
「了解です!神無月さん、乙愛ちゃんはもちろん行きます!」
「それは良かった。さぁ、乙愛。行きましょう」
「はい!……あっ」
…………。
やむを得なかった。純は乙愛の絶対的存在だ。神より尊い。
純の言葉に背くなど、乙愛の常識では考えられない。
「やったぁ!神無月さん最高!じゃ、気合い入れて行きましょうっ」
白い天使との結び目を、乙愛からほどけるはずがなかった。