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貴女は私のお人形

第3章 貴女をあたしは知らなさすぎて、






『♪暗い夜の森を歩いていた~僕を照らす一縷の光~月明かりに浮かんだ女神は君だった~嗚呼その冠を引き裂いてしまえたなら~薬指のリングに接吻を~この愛で溶かしてしまえたなら~』

『♪私は幸せだと思い込んでいた~幸せなマリオネットから私を人間(ひと)に変えたのは貴方~貴方になら連れ去られてもいいえ連れ去って欲しい~貴方のぬくもりを覚えてしまった私は~』



 里沙とあずなの互いを見つめる眼差しが、甘い温度を乙愛にもたらす。

 あずなが里沙に切なく微笑って、里沙があずなを恤愛の眼差しに捕らえる。



 乙愛の方が、胸が迫る。



 何故、物語の中の姫と王子は、結ばれないのだ。


 里沙のソプラノとあずなのメゾがとけ合って、甘く、乙愛の耳に触れていた。



『貴方と別れなくてはいけないなんて、私には、半身を引き千切られるも同然!』

『君を地獄へは連れてゆけない』…………



 あずなが里沙の腰に片腕を回して、彼女の頬を指先でなぞる。
 里沙があずなの瞳を見つめて、彼女の片手に手を重ねた。


 乙愛の知るあらすじが確かであれば、このあと劇中の王子は姫に別離のキスをしていたのではなかったか。



 振りやアドリブを好むあずなのことだ。もしや里沙の唇を。──……



 乙愛の胸が、苦艱する。

 頭にアルコールを流したように恍惚として、頬が熱い。


 里沙とあずなの唇が、触れそうに近づいていた。
 ピアノとヴァイオリンの静かな二重奏に歌を合わせる二人は、元々音量を控えたマイクを放しても、さして問題ないようだ。


 あずなの里沙を見つめる瞳が、乙愛には、今にも泣き出しそうに見える。


『一緒に来てくれるかい?』

『ええどこまでも』

『君を離したくない』

『貴方に離されたくないわ』



「……──里沙」



 ふっと姫君に戻りかけた唇を、里沙が塞いだ。



「「…………!!!」」



「あっ、わ、ごめんなさい!!!」



 飛び退いたのは、あずなの方だ。

 乙愛もはたと我に返った。公演が変われば演出、台詞回しは微々たる変化を見せてゆく。それが舞台作品の醍醐味というが、口づけの能動受動が入れ替わるほどの変更はあるまい。

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