貴女は私のお人形
第3章 貴女をあたしは知らなさすぎて、
凛とした、柔らかな純の瞳が、今にも乙愛をとろかそうとする。
このまま法悦が肉体を冒して、帰らぬ人となっても、乙愛にしてみれば本望だ。
「だけど」
純が、ふっとどこか遠くを見つめた。
「それなら、物語は尻切れとんぼになるのかしら」
とりとめない純の言葉が、乙愛の胸を焦燥させる。
何故、こうも切なくなるのだ。
「時に乙愛」
「はいっ」
「私達も、歌いましょうか」
「え……」
「とても幸せで、とても悲しい、愛の歌を歌いたいわ。貴女と一緒に。乙愛の好きな歌が良い。大抵、歌えるでしょうから」
確かに、純ほど歌に精通しているアーティストなら、けだし知らない歌の方が珍しい。
里沙とあずなのように、乙愛も純と一緒に歌えば、ひとときでも愛し合えるか?
乙愛は純だけを見つめて、純は乙愛だけを見つめてくれるか。
純と手と手を触れ合わせながら、同じ旋律に声を乗せれば、乙愛は世界一幸せになれる。
一生分の運を使い果たして、この先、世界一の不幸に見舞われても、乙愛は平気だ。純と魂(こころ)を重ねた思い出は、底知れない晦冥に耐えられるだけの力になる。
「決まったかしら?」
恋人を慈しむように、純が乙愛を抱き寄せた。
「あたしは……」
純の胸元を飾る、青い粉末の入った小瓶のペンダントトップが、乙愛の視界の端に触れた。