貴女は私のお人形
第4章 それでも、どんな真実があったとしても、
『貴女は、歌手になるべき』
アイスティーを吸い上げながら、少女が純を見つめて言った。
『そうしたら、世界中の女の子が夢中になるわ。貴女に。純は、世界中の女の子から愛をもらうの』
『興味ないな』
『そんなに綺麗なのよ。姿も声も、心も。私だけが純を独占しちゃっては、ダメ』
『独占してくれないの?』
『しないわよ』
悪戯っぽく、少女が笑った。
『束縛する。貴女を愛するのは自由だけれど、貴女に愛されているのは私だって、皆に言うわ』
『──……』
『だからね』
愛おしい、少女の瞳が、言葉が、オーラが、彼女に備わるあまねくものが、純を雁字搦めにする。
『もし、もしも。私が事故に遭ったりしても、純は生きて、歌って』
笑えない少女の冗談に、純は答えることが出来ない。
世界中の女の愛などいらない。
彼女が側にいさえすれば、純は何も望まなかった。
純にとっての世界とは、所詮、彼女の些細な付属品だ。
彼女に向けて歌っていると、満たされた。
彼女がストレス発散だと言って歌う歌は、純を何より慰めた。
永遠に聴いていたくなる、天国に流れるオルゴールがあるとすれば、彼女の歌声が紡ぎ出すようなメロディかも知れない。
聖なる、音……。
彼女に、純はどれほど、救われていたことか。
「……──様」
何者かが純を呼んでいた。
「お……え……さま……」
何物かが身体を揺すっている。
ぬるく冷えた固い板の上に、自分の身体が横たわっている感覚は、奇妙だ。
純だけが、ただ一人、冷たい無に残っていた。…………
「お姉様!」
聞き慣れた声が、魔物ような暗闇を、引き裂いた。
弾かれたように、純はフローリングから身体を起こす。
「えっ……澄花?」
涙の混じったマスカラが、指についた。
いつの間にか眠っていたのだ。晴れやかな目覚めではない。
寝間着姿の妹が、純の側にしゃがんでいた。