貴女は私のお人形
第4章 それでも、どんな真実があったとしても、
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涼やかな焔の色が空を満たして、穏やかな風が草木に子守唄をささめく時刻、乙愛はすずめと本館を出た。
昼間の日盛が嘘であったかのように、景観は陰に落ちていた。黒に近い、無辺の青の気配が近づく。
純との余韻が、乙愛の耳の奥をからかっていた。
昨日のお茶会での純の戯れ。カラオケルームでの誘い。そして、今日。…………
何故、純はあれだけ乙愛に構う?
ともすれば以前から顔見知りでもあるように、屡々、純は乙愛に親しげだ。
嬉しいのと同じほど、怖い。
愛おしさが募れば募る分、不安が伴う。
いだくことすら罪な期待が、乙愛に押し寄せるからだ。
夢のような一週間が過ぎてしまえば、純はまた、乙愛が一方的に想い、慕うだけの、赤の他人も同然になる。
どれだけ今、距離を縮めたとしても、乙愛は純の来し方のひとひらにもなれまい。
いつか味わう喪失が、些細なものである内に、いっそ乙愛は純に飽きられてしまいたい。
つと、すずめが足を止めた。
「すず姫……?」
乙愛は、すずめが何か落としでもしたのかと思った。だが、彼女の荷物はティーカップ型のポシェットと、ビンゴ大会の戦利品だけだ。
「どうかした?」
「あ……」
心なしか、数秒、すずめの目が泳いだ。
「どうもしないわ。それよりおと姫、お願いがあるの」
「お願い?」
乙愛はすずめと目が合った。
普段と何ら変わらない、無邪気な彼女だ。
「ええ、お願い」
「何かしら?」
「これ」
すずめがポシェットから引き出したのは、封筒だ。
白地に淡いピンクのストライプが入ったそれは、宛先に、野原の苗字が含まれている。