貴女は私のお人形
第4章 それでも、どんな真実があったとしても、
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森の道が有限をなくすと、足が悲鳴を上げ出した。
乙愛の姿は晦冥にとけて消えていた。
すずめは、胸を撫で下ろす。
不調は一人になる口実だった。口実だったが、今は嘘でもなくなっていた。息も上がって胸まで痛い。
一本の大樹に背を預けて、すずめは大きな呼吸を吐き出す。
リュウ様の、馬鹿。
病による発作の気配を振り払わんと、すずめはリュウの笑顔を想う。
炫耀した来し方を振り返ると、気が紛れる。気持ちを朗らかにしていれば、けだし悪いようにはなるまい。
事実、昨日まですずめは幸せだった。
昨夜、おとなしくコテージで兄の帰りを待っていたなら、すずめは今でも『乙女の避暑』を心から賞翫していたろうか。
リュウを出迎えようと思い立って、森に入った。真っ暗だったすずめの目路が、赤に溺れた。
すずめの視界に、赤いペンキが──…否、もっと禍々しい、もっと尊い何かが、一秒より刹那の間に覆ったように。
人間の心臓を機能させる色彩だった。
幹を離れて指を伸ばす。樹皮の剥がれた背凭れは、美しい、深紅をしていた。
もっとも、すずめが触れても、乾いた感触しかない。皮膚に赤は移らなかった。
されど、赤い。
視界が赤く、赤く染まる。
甘く鉄の錆びたような匂いが、生ぬるい風に運ばれてくる。すずめの身体にまといつく。
「う、……っ」
疲弊していたのも失念して、すずめは駆け出す。
この森から抜け出さなければ。