貴女は私のお人形
第4章 それでも、どんな真実があったとしても、
闇夜のまやかしを逃れるように、すずめは一心不乱に走る。
小学生の時分から、体育の授業にも出たことがない。登下校も、野原家に仕える家政婦が、すずめをいつも送迎していた。すずめが自分の足で歩くことがあるとすれば、休日、リュウと出かける時くらいだった。
すず姫、こんなに走れたのね……。
森が途切れた。すずめ達の宿泊しているコテージを縫って、小川を渡った。
仄かな月明かりの注ぐ英国風の庭園が、僅かに夜陰に華やいだ。
昨日すずめがお茶会で、リュウと同じティーカップで紅茶を分け合っていた、庭園だ。生まれて初めて出来た友人、乙愛と一緒に年相応にはしゃいだり、彼女が愛する女性に口説かれるのを見て、すずめが胸を高鳴らせたりした場所。
「リュウ様……」
返事はない。
呼びかければ、彼は応えるのではなかったか。
リュウと、片時でも離れたくなかった。
昨夜すずめは、リュウが妖精にかどわされる夢を見た。
…──十五分後には、戻るな。姫。…………
電話は優しい声を残して切れた。
すずめは、十五分も待てなかった。
異変が起きたのは、森に入ってすぐのことだ。
刃物を受けた腹から多量の血を流して、リュウが湿った土に転がっていた。 呼びかけても返事はない、リュウの側に、この世のものならざる女がいた。
女は人間の姿を象っていたが、リュウの魂を狩ったと思しき彼女は、たちまちすずめを不可視の糸に羈束した。
彼女は美しすぎたのだ。
『パペットフォレスト』の立ち入り禁止区域の噂は、知っていた。オリエンテーリングの途中、露店の店主と話して以来、すずめはいっそう、非現実的な都市伝説に信憑性を感じたものだ。
貴女が、妖精なのね。
すずめが呟くと、短い髪に包み込まれた頬に映える形の良い唇が、優雅に下弦の月を描いた。