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あたしの好きな人

第9章 恋しない女




卵焼きを食べながら、唐揚げを頼もうかと悩んでしまう。

ビールがなくなるから、芋の水割りを注文した。

彼のビールと唐揚げが来た。

ついでにあたしの芋の水割りが来たから、飲む前に彼はあたしと乾杯しようとして、

コップを寄せて来た。

ふいとあたしが背中を向ける。

そのまま芋の水割りを飲んだ。

「手強いね」

ふっと笑う笑顔は艶やかで、誘い慣れてるんだなぁと思う。

唐揚げの香ばしい匂いがする。

彼はあたしをじっと見ながら、唐揚げを食べはじめた。

食べかたが綺麗、いちいち色っぽい仕草を横目に見る。


「皓さん、今日は珍しく1人なんだね?」

カウンターの中から、マスターらしきおじさんが彼に話掛けて来た。

やっぱりいつも女連れなんだろうなと確信する。

「ああ、今日は仕事も早く終わったし、あいつも
用事があったみたいだし、1人で色々行きたかったんだ」

「あの社長さん、お酒弱かったね?」

「昔からそう、だから連れて行けないんだ。1人のが気楽なのに、案内したかったんだろう」

「真面目そうな人じゃないか」

「頭が堅いからね、俺の兄貴とは思えん」

「兄弟には見えなかったね、似てないなぁ?」

「母親が違うからね」

ふっと笑う皓、さん、何か複雑な家庭の事情でもあるんだろう、

何となく聞いてしまったけど、なるべく知らない振りをする。

マスターは忙しそうに、奥のほうに行く。

会話が途切れて、皓さんは、また、あたしをじっと見つめる。

「……それ、飲みたい」

「芋の水割りよ、注文すればいい」

「飲ませてくれる?」

あたしの持つコップに手を伸ばそうとして、慌てて芋の水割りを飲み干した。

思ったよりも量があって、しまったと思ったけど、もう遅い、ふわりとお酒が回る感覚がする。

それなのに、皓さんはあたしの空いたグラスを持ち、

あたしの口紅の跡が、うっすら残る箇所に、ゆっくり口を付けた。

「……美味しいよ」

ほとんど残ってないのに、飲み干す仕草、妙に色気を振り撒いて、

ドキリとした自分に苛立ちを覚える。

「ほとんどないのに、親父みたい」

「もういい年だからね、35になる、まだ独身だ」

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