あたしの好きな人
第3章 友人が本気になったら
店内に入ると相変わらず、忙しそうな雰囲気で、巽が出迎えてくれて、
いつものカウンターの席に、案内してくれた。
当たり前のように、何も言わずに、巽が生ビールを持って来てくれる。
巽は大学卒業後に、大手の会社に一旦就職したのに、岳人がこの店のオーナーになると、聞いた瞬間に、
大手の会社を潔く辞めて、この店のチーフになった。
聞いたところによると、大手の会社に勤めながら、週に一回調理学校へ通ってたらしい。
普通の会社員は肌に合わなかったようだった。
考えてみれば、大学時代から、岳人は(多分お父さんの店)であるバーでバイトしていたし、
巽もそこで一緒にバイトしていた。
バーテンダーの資格もあるし、バーテンダー協会の大会にも出たらしい。
「岳人は今日は厨房から抜けれないみたいだな?団体の予約もあるから悪いな?」
巽が気を使って、忙しく動き回りながら、あたしに話かけてくれる。
「大丈夫よ、岳人の作ったパスタがあれば、それでいいから」
あたしは前世はイタリア人だったんじゃないのかというくらい、パスタが大好き、
ピザも魚介類も好きだし、ワインやチーズも大好きだし、野菜も好きだ。
岳人の店に来ても、面倒だからメニューを見ない。
いつも岳人がメニューにないモノまで作ってくれるし、バランス良く、サラダも用意してくれる。
巽もそれを知ってるから、岳人にはあたしが来たことだけ知らせてると思う。
生ビールをちびちび飲んでいたら、巽が声を潜めてあたしに話かけて来た。
「昨日は洋子が悪かったな、その……、結婚することに決めたけど、一応咲良とも付き合った時代があったから言うんだけど……」
歯切れの悪い言い方で、何を言うのか分からないけど、聞きたくない気分になった。
「大学時代のことなんて、昔の話だし、あたしは気にしてないから、言わなくていいことは、言わなくていいよ」
終わったことをむし返すようなことは、したくないから、そう言ったのに。
「それじゃあ、俺の気がすまないんだ。お前は違っただろうけど、俺は本当にお前のことが好きだったんだからな」
「そっか、ありがとう、あたしも色々ごめんね、そういうこと、ちゃんと話したことなかったよね」
そこで会話を終わらせたかった。
巽は昔から真面目で優しいから、黙っていられなかったんだろう。