あたしの好きな人
第3章 友人が本気になったら
何も言えなくて、ただ、目を凝らしておばあちゃんを見つめ続ける。
……心がない、魂がここにはない、生きている気配がしない。
ピクリとも動かない、小さな体、冷たい体。
あたしを置いてもう、逝ってしまった。
あたしを待ってもくれなかった。
……こんなに早く、昨日はおばあちゃんと何を話したんだろう?
最後にいったい何を話した?
思いだせない……。
「おばあちゃんね、癌が喉に転移してたみたいで、ほとんど食事も水分も取れてなかったみたい、ほとんど点滴で過ごしていたのに、夕方だけは孫が心配するからしないでくれって……」
「……昨日はリンゴを食べてたよ?おいしいって言ってくれてた……」
「……おばあちゃんがリンゴが噛めると思ってたの?形のあるモノなんて、ずっと食べてなかったのに……」
「……まさか、リンゴを食べて死……っ」
「……それは違うよ」
聞き覚えのある、静かな声が背後で聞こえて、同じ病室のおばちゃんがゆっくり、車椅子で来ていた。
「咲良ちゃんに心配させまいと、後でリンゴを出していたからね?孫の前で最後まで格好つけたかったんだよ?おばあちゃんから、あんたへ伝言頼まれてねぇ……」
「おばちゃん……」
「毎日顔を見ていたら、些細な変化でも年寄りは気付くものなんだよ、おばあちゃんはただこう言ってたよ、……自分の心に従って素直に行動しなさいってね?」
「……」
おばちゃんは伝えたよとばかりに、車椅子の向きを変えた。
それから開いたままのドアの傍で、誰かの背中を叩いた。
そこではじめて、そこにいた人の存在に気付く。
……岳人だ。
自分の心に従って素直に行動する……。
あたしはいつだって、自分の心に従って素直に行動しているつもりだけど……。
おばあちゃんの言葉の意味が、良く分からない。
あたしは暫く何も言わずに、岳人とずっと見つめ合っていた。