テキストサイズ

氷華~恋は駆け落ちから始まって~

第5章 彷徨(さまよ)う二つの心

 森で啼くミミズクの声が風に乗って運ばれてくる。サヨンはゆっくりと身体を寝床に起こし、周囲の様子を窺った。
 トンジュの姿は見当たらなかった。扉の向こうから薪割りの音が聞こえてくる。恐らく、薪を割っているのだろう。
 当然ながら、サヨンは何も身につけていない生まれたままの姿である。今日は何度、あの男に抱かれたのだろう。自分でも憶えていない。
 今日のトンジュの愛撫は容赦なく、愛撫というよりは懲らしめのような性交だった。昨夜、初めて男に抱かれるサヨンの身体を労り、気遣ってくれた彼とは全く違っていた。
 荒淫が過ぎたためか、秘められた狭間の奥が腫れ上がって、出血している。サヨンの白い肢体にはトンジュによって刻み込まれた紅い斑点が花びらのように散っていた。トンジュはサヨンの身体を強く吸ったり噛んだりすることで、烙印を捺したのだ。自分の所有物だという証を刻みたかったらしい。
 自分の身体は、もうすっかり穢れてしまった。いや、サヨンが哀しかったのは、本当は穢れてしまったことではない。極端にいえば、身体を弄ばれたのは無理矢理だったのだし、奪われたのは身体だけだと割り切れもしただろう。
 だが、サヨンは絶対に許されない罪を犯してしまった。それはトンジュに抱かれて信じられないほどの痴態を見せたことである。幾ら媚薬を使われていたとはいえ、あまりに淫らすぎた。
 あの男は、トンジュは、彼に跨ってよがり狂うサヨンを見て、あざ笑ったに違いない。嫌がりながらも、結局は抱かれてしまえば、男好きの淫乱な女だったのだと。
 あの男の前で見せた数々の痴態を思い出すと、絶望で叫び出しそうになる。これからも似たようなことを繰り返すくらいなら、死んだ方がマシだ。
 トンジュに抱かれる度、サヨンは血の涙を流し続けなければならない。愛してもいない男に抱かれ、心はしんと冷めているのに、身体は愛撫に馴れ信じられないほどに乱れ狂う。きっと身体と心が真っ二つに引き裂かれてしまうだろう。
 死ぬ? サヨンの中で唐突に〝死〟という一文字が鮮やかに浮かび上がった。
 そう、あの男から逃れる方法が一つだけある。生命を絶ってしまえば、あの男だとて、あの世までは追ってこられないだろう。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ