
氷華~恋は駆け落ちから始まって~
第5章 彷徨(さまよ)う二つの心
絹の服を纏い、ご馳走を食べ、することといえば女性としての教養を身につけるための稽古事くらいだった。それが、かつてのサヨンの人生のすべてであったのだ。
しかし、トンジュがサヨンを屋敷から連れ出したことによって、サヨンの人生は劇的に変わった。今、サヨンは三度の食事から洗濯、掃除と十九歳になるまで一度もやったことのなかった家事をしている。トンジュの稼ぎでは絹など着せてやれないし、ここに来てからというもの、簪一つ買ったのが精一杯だった。
これまでの暮らしから考えれば、質素きわまりない生活だ。たまには綺麗な衣装も着たかろうし、身を飾る宝飾類だって欲しいだろう。なのに、愚痴一つ零さず、慎ましく生活している。せめて川の水で髪を洗いたいのだと願う女心をどうして無下に駄目だと言えただろうか。
川はさほど大きいものではなかった。しかし、流れは速く、河原は大きな無数の岩が川縁を囲むように折り重なっている。階段状に重なっているため、サヨンでも上り下りするのに苦労せずに済む。水飛沫を上げて流れている川の水は清らかで澄んでいて、くっきりと物の形を映し出した。
サヨンは河原に着くと、早速、準備に取りかかった。濡れては困るので、上衣とその下の下着は脱いだ。脱いだものを丁寧に畳み岩の上に置き、髪を洗い始めた。
胸に布を巻いただけのしどけない姿だが、周辺は大きな岩が天然の壁のように立ち塞がっているため、誰かに見られる不安はなかった。第一、ここから最も近い山茶花村ですら、徒歩で四半刻はかかる距離にあるのだ。トンジュが月に一度、薬草を売りにゆく町は更に遠く、一刻余りはかかる場所にある。
こんな人気のない場所に来る物好きなど、そうそういるとは思えない。
三月初めの水はまだ冷たい。手のひらで掬ってみると、なめらかで光り輝いている。まずそっとひと口含んでみると、甘露のうま味が冷たい感触と共に喉元をすべり落ちていった。
山上と違って、ここには太陽の光が満ち溢れている。日毎に春らしさを増す陽光が川面に降り注ぎ、乱反射していた。
しばらく周囲の風景を眺め渡してから、髪を洗いにかかった。
編んでいた髪を解き流し、水に浸ける。最初だけはひやりとしたものの、直に爽快感の方が勝ってくるのだ。
しかし、トンジュがサヨンを屋敷から連れ出したことによって、サヨンの人生は劇的に変わった。今、サヨンは三度の食事から洗濯、掃除と十九歳になるまで一度もやったことのなかった家事をしている。トンジュの稼ぎでは絹など着せてやれないし、ここに来てからというもの、簪一つ買ったのが精一杯だった。
これまでの暮らしから考えれば、質素きわまりない生活だ。たまには綺麗な衣装も着たかろうし、身を飾る宝飾類だって欲しいだろう。なのに、愚痴一つ零さず、慎ましく生活している。せめて川の水で髪を洗いたいのだと願う女心をどうして無下に駄目だと言えただろうか。
川はさほど大きいものではなかった。しかし、流れは速く、河原は大きな無数の岩が川縁を囲むように折り重なっている。階段状に重なっているため、サヨンでも上り下りするのに苦労せずに済む。水飛沫を上げて流れている川の水は清らかで澄んでいて、くっきりと物の形を映し出した。
サヨンは河原に着くと、早速、準備に取りかかった。濡れては困るので、上衣とその下の下着は脱いだ。脱いだものを丁寧に畳み岩の上に置き、髪を洗い始めた。
胸に布を巻いただけのしどけない姿だが、周辺は大きな岩が天然の壁のように立ち塞がっているため、誰かに見られる不安はなかった。第一、ここから最も近い山茶花村ですら、徒歩で四半刻はかかる距離にあるのだ。トンジュが月に一度、薬草を売りにゆく町は更に遠く、一刻余りはかかる場所にある。
こんな人気のない場所に来る物好きなど、そうそういるとは思えない。
三月初めの水はまだ冷たい。手のひらで掬ってみると、なめらかで光り輝いている。まずそっとひと口含んでみると、甘露のうま味が冷たい感触と共に喉元をすべり落ちていった。
山上と違って、ここには太陽の光が満ち溢れている。日毎に春らしさを増す陽光が川面に降り注ぎ、乱反射していた。
しばらく周囲の風景を眺め渡してから、髪を洗いにかかった。
編んでいた髪を解き流し、水に浸ける。最初だけはひやりとしたものの、直に爽快感の方が勝ってくるのだ。
