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氷華~恋は駆け落ちから始まって~

第5章 彷徨(さまよ)う二つの心

 サヨンは小声で歌を口ずさみながら、熱心に髪を洗い始めた。まさか、さほど遠くない岩の陰から数人の男たちが覗き見しているとは想像だにしなかった。

 その日、間の悪いことに、サヨンが赴いた川には珍しく別の人間たちが居合わせた。三人はいずれも二十代前半の若者たちで、親分格の青年は近くの町に暮らす地方両班の息子である。後の男たちは一人は地方両班の息子には従弟に当たり、都から酔狂にも鄙まで遊びにきたという経緯があった。あと一人は、この地方一帯を治める県(ヒヨン)監(ガン)(地方役所の長官)の跡取り息子である。
「おい、あれは何だ?」
 三人の中では中心にいる地方両班の息子が指を差し、後の二人は首をひねった。
「何か見つけたのか?」
「ホホウ。こいつは凄い」
 最初の若者は眼を眇めながら感嘆の声を上げた。
「おいおい、何だ、どうしたんだ」
 他の二人も俄に興味をそそられ、若者の肩越しに背後から覗き込んだ。彼らは丁度、サヨンが髪を洗っている場所の真向かいにいた。正確に言うと、向かいの岩壁の上だ。そこに陣取って、サヨンの姿を垣間見していたのである。
「最高の獲物を見つけたぞ」
「何だ、猪か鹿でもいたのか?」
「馬鹿を言え。たかが猪や鹿くらいで、ここまで愕くか」
「勿体つけてないで、何を見つけたのか教えろよ」
「百聞は一見にしかず、そなたも見てみろ」
 若者に押し出され、彼の従弟は伸び上がるようにして岩下の光景を眺めた。
「あまり顔を出すと、女にバレるぞ」
 しかし、若者の忠告は従弟には届かなかった。若者がよくよく見ると、岩下の魅惑的な光景に阿呆のようにボウとして見惚れている。
 折り重なったいちばん下の岩に横座りになり、うら若い女が髪を洗っている。上半身は胸に布を巻いただけでの半裸といっても良い姿で、彼らにとっては格好の目の保養となる。
 布を巻いているといっても、豊かなふくらみを見えるか見えない程度まで覆っているだけで、遠目からでも女が成熟しきった豊満な肢体を備えていることが判った。白いふくらみが眩しく、女が身じろぎする度に、誘うように揺れている。

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