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氷華~恋は駆け落ちから始まって~

第5章 彷徨(さまよ)う二つの心

「こいつは愕いた。こんな山奥の鄙びた場所に、あんな美女がいるとはな」
「本当だ。都でもあんな良い女、そうそう見かけないぞ」
 若者と異なり、都暮らしが長い後の二人は都の風物や情報にも明るい。二人の若い男は興奮気味に語り合った。
「しかし、妙だな」
 従弟が首を傾げた。
「何が妙なんだ」
 県監の息子も身を乗り出して岩下の光景に熱心に見入った。完全に鼻の下が伸びている。
「あれだけの良い女なら、こんな小さな町村ではすぐに噂になるはずだ。何せ目立つからな」
 従弟が思案げに言うのに、若者が目配せした。
「だが、考えてみれば、評判になっていないのは俺たちには好都合というものではないか?」
「なにゆえだ?」
 異口同音に問うた仲間たちに、若者はいかにも好色そうな分厚い唇を舐めた。まるでご馳走を前にしている驢馬のような面相である。
「俺たちが好きにしても、後腐れがないだろうということさ」
 そこで、三人の男たちは好き者めいた顔を見合わせ頷き合った。

 サヨンは髪を洗う手を止め、小首を傾げた。どうも、おかしい。嫌な予感がする。誰かに見られているような気がしてならないのだ。
 それも悪意の籠もった視線だ。が、周囲を見回してみても、別に人の気配はむろん、姿も見当たらない。
 気のせいだろうと考え直して、しばらくの刻が経った。洗い終えたばかりの長い髪を丁寧に乾いた手ぬぐいで拭き、水気を十分に取る。更に梳っていた時、いきなり前方の岩から三人の男たちがすべり降りてきて、サヨンの前に立ちはだかった。
「―!」
 サヨンは息を呑み、身を固くした。
 見たところ、上等の衣服に身を固めているところを見ると、ここら辺りに住む両班の息子といったところだろうか。
 突如として現れた闖入者たちは、サヨンを粘着質な眼で眺め降ろしている。彼らの視線が露わになった胸もとに注がれているのに気づき、サヨンは咄嗟に両手で胸元を覆った。

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