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氷華~恋は駆け落ちから始まって~

第5章 彷徨(さまよ)う二つの心

「こんな場所で何をしている?」
 懐手をして立っている男が傲岸に訊いてよこした。三人組の真ん中の男だ。
「そなた、見かけない顔だな」
 最初の男の右隣がまた訊ねた。
「おい、この女、よもや県(ヒヨン)監(ガン)さま(ナーリ)の妾ではあるまいな?」
 左隣の男が初めて口を開き、また右隣が応えている。
「知らないな。うちは母上(オモニ)が何かと煩くて眼を光らせてるから、父上は側妾を全部漢陽に置いてきたんだ。こっちには特定の女はいないはずだぞ。そなたの父上に縁(ゆかり)の女ではあるまいな?」
 問われた真ん中の若者は、ゆっくりと首を振る。
「こんなふるいつきたくなるような良い女なら、幾ら親父が隠していたって、俺はすぐに見つけるさ」
 三人の男たちは互いに顔を見合わせている。かと思うと、真ん中の男がサヨンに飛びかかり、押し倒した。すかさず両側にいた男たちがサヨンの手と足をそれぞれ押さえつけて拘束する。
「いやっ」
 サヨンは悲痛な声を上げ、渾身の力でもがいた。だが、大の屈強な男に三人がかりで押さえ込まれていては敵うはずもない。
 最初に襲いかかってきた男がサヨンの胸を乱暴にまさぐった。
「おい、この女を黙らせろ、こう騒がれたら、折角の興が冷めてしまう」
 男の指図で、足下にいた男がサヨンの口に布を押し込んだ。
 サヨンは声すら出せず、懸命に助けを求めても、それはくぐもった声にしかならなかった。
「まずは俺が愉しませて貰うぜ」
 男がやに下がった表情で言い、サヨンの胸の布に手をかけたそのときである。
「おい、貴様ら、そこで何をしているんだ」
 鋭い一喝が投げられた。
 その声に、男たちの動きが一瞬、止まった。
 涙の滲んだサヨンの瞳に映ったのは、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる男―トンジュであった。
 そのときほど、トンジュの存在を頼もしく思ったことはなかった。まず外見からして、トンジュと彼らでは違いすぎた。堂々とした上背のある美丈夫は、ろくに力仕事一つできない両班の腑抜け息子たちとは比較にならないのだ。

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