テキストサイズ

氷華~恋は駆け落ちから始まって~

第5章 彷徨(さまよ)う二つの心

 夕刻になった。サヨンは近くの池まで水を汲みにいった。いつもトンジュは自分がやると言うのだけれど、小さな瓶一つ運ぶくらいはサヨンにだってできる。サヨンはそう言って、自分でできることは自分でやっている。
 小さな瓶はすぐに一杯になった。頭に専用の輪を乗せ、もう大分馴れた手つきで瓶を乗せて運ぶ。家の前まで戻ってきた時、トンジュが表で薪割りをしているのが眼に入った。
 トンジュは片肌脱いでいるにも拘わらず、汗をかいている。三月も半ば近くになり、日中は幾分春めいてきた。汗をかく質であれば、力仕事に精を出せば汗もかくだろう。
 小麦色の膚を汗の玉が流れ落ちている。逞しい身体は引き締まり、余分な肉は全くない。半月前、あの腕に抱かれたのだ。
 そう考えると、何か落ち着かない気持ちになった。今から思い出せば、あの折、トンジュがサヨンに与えたのはけして苦痛だけではなかった。むろん、破瓜の痛みは並大抵ではなかったし、サヨンの意思を無視して強引に抱かれたことには抵抗はある。
 が、媚薬を使われたにせよ、あのときの自分の乱れ様は普通ではなかった。トンジュに抱かれ、たった一日の中に数え切れないほど何度も絶頂に達した。あのときの自分を思い出す度に、消えてしまいたいほどの羞恥を憶えてしまう。
 もし、またあの腕に抱かれたら―、夜毎、極楽に遊ぶようなめくるめく忘我の境地にいざなわれるのだろうか。
 そこまで考え、サヨンはハッと我に返り、頬を赤らめた。自分は一体、何というはしたないことを考えたのか。
 と、頭上がふっと軽くなった。愕いて見上げると、トンジュが瓶を抱えて立っていた。
「お帰り。重くはなかったか?」
「大丈夫よ。いつも言ってるでしょう、これしきのこと、たいしたことではないわ。やせっぽちだけど、力はあるのよ、私」
 力こぶを作る真似をして見せると、トンジュがプッと吹き出した。
「顔が紅いが、どうかしたのか?」
 気遣わしげに訊ねられ、ふるふると首を振る。
「何ともないけど」
「どれ」
 トンジュの手が伸びてきて、サヨンの額に触れた。
「確かに熱はなさそうだな」

ストーリーメニュー

TOPTOPへ