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氷華~恋は駆け落ちから始まって~

第5章 彷徨(さまよ)う二つの心

トンジュは最早、サヨンへの気持ちに見切りをつけたのだろうか。いつまでも頑なな女を求め続けることに疲れてしまったのかもしれない。
 自分は取り返しのつかないことをしてしまったのだろうか―。それがどれほど大切なものか知らず、気がついたときには失っていた。あまりにも愚かで哀しい失敗だ。サヨンは暗澹とした気持ちになった。自己嫌悪の塊になりそうだ。
 想いに耽っていると、人の気配がした。
 散歩に出かけると言って出ていったトンジュが帰ってきたらしい。顔を上げると、物言いたげなトンジュと視線が合った。
「お帰りなさい。ゆっくりとできた?」
「ああ、梅が見頃でね。いつかサヨンにも見せてやりたいと話していたろう? 梅林が見事な場所があるんだよ。今夜はそこまで行ってきたんだ。丁度今が満開だ。月に梅が照らされて、本当にきれいだった。絵心のない俺でも筆を持って描いてみたいと思うほどだ」
 トンジュは懐からさっと何かを出すと、眼の前で振って見せた。
「一輪だけ貰ってきた」
「可愛い花ね」
 サヨンは微笑んだ。薄紅色の小さな花をいくつかつけた細い枝を見つめる。トンジュはその枝をサヨンの髪に挿した。
「これは良い子で留守番をしていたサヨンへのおみやげだ」
「ありがとう。でも、トンジュってば、相変わらず私を子ども扱いするのね」
 トンジュが少し笑った。
「サヨンは金を出して買ったものより、こういう素朴なものの方を歓ぶんではないかと思ったんだ」
「ごめんなさい。別にあなたから頂いた簪が気に入らないわけではないのよ」
 トンジュも微笑み返してきた。
「別に気にしなくて良いんだよ。嫌いな男からあんなものを贈られて、身につける気にならないのは当然だからね」
「トンジュ、私はそういうつもりでは―」
 いいかけるサヨンを遮り、トンジュは突如としてサヨンの傍らに置いてあった巾着を手にした。
「俺が買ってきた絹布で作ったのか?」
 薄桃色の巾着を手で弄びながら言う。
「そうよ。これくらいの大きさだとたくさん作れるから、一度に済ませてしまったわ。刺繍もしてみようかと思ってるの」

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