
氷華~恋は駆け落ちから始まって~
第1章 始まりの夜
ミヨンはトンジュ同様、子どもの頃にこの屋敷に買われてきた。年も近く、気も合うこともあってか、主従というよりは姉妹のようにして育ったのだ。
珍しい菓子があれば、分け合って食べたし、まだ殆ど袖を通していない新しい衣装を惜しげもなく与えたりした。数年前にずっと側にいた乳母が暇を取って屋敷を去ってからというものは、ミヨンが母代わりでもあり、友達でもあった。
ミヨンが与えられた待遇は、通常の侍女であれば許されない破格のものであったが、サヨンにしてみればミヨンが寄せてくれた無償の愛情や忠勤は何をもって報いても足りるとは思えなかった。
「さあ、お嬢さま」
トンジュに強く手を引っ張られ、サヨンは歩き出した。
樹木の生い茂る奥庭には、昼でも滅多と人が来ない。
ふと月が流れる雲に遮られた。たちまちにして、庭は深い深い闇に沈み込む。
満月が若い二人に味方をしたものか、やがてトンジュとサヨンの姿は四方に塗り込められた闇にすっぽりと吸い込まれるようにして見えなくなった。
蓮野に降る雪
もう、どれくらい歩いただろうか。
サヨンは鉛のように重い脚を引きずるようにして歩いた。
屋敷を出ること自体は、考えていたよりははるかに容易かった。丁度、二人が居た場所が庭の最奥部であったこともあり、二人は手近な塀を乗り越えて易々と脱出したのだ。
お嬢さま育ちのサヨンは、これまで塀を乗り越えて外に出た経験はない。トンジュは先に自分が楽々と塀に飛び乗り、後に続くサヨンを逞しい腕で引き上げてくれたのだった。
サヨンは塀の上でかなりまごついた。屋敷をぐるりと取り囲む塀はかなりの高さがあるのだ。しかも、そのときのサヨンはチマを穿いていた。その姿で飛び降りるのは正直、躊躇われたものの、先に着地したトンジュに励まされ、ようよう眼を瞑って身を躍らせたのだ。
下で待っていたトンジュはサヨンを難なく両腕で受け止めた。彼の力強い腕にしっかりと抱き止められた時、サヨンは自分でもはしたないと思うほど胸の鼓動が速くなった。
珍しい菓子があれば、分け合って食べたし、まだ殆ど袖を通していない新しい衣装を惜しげもなく与えたりした。数年前にずっと側にいた乳母が暇を取って屋敷を去ってからというものは、ミヨンが母代わりでもあり、友達でもあった。
ミヨンが与えられた待遇は、通常の侍女であれば許されない破格のものであったが、サヨンにしてみればミヨンが寄せてくれた無償の愛情や忠勤は何をもって報いても足りるとは思えなかった。
「さあ、お嬢さま」
トンジュに強く手を引っ張られ、サヨンは歩き出した。
樹木の生い茂る奥庭には、昼でも滅多と人が来ない。
ふと月が流れる雲に遮られた。たちまちにして、庭は深い深い闇に沈み込む。
満月が若い二人に味方をしたものか、やがてトンジュとサヨンの姿は四方に塗り込められた闇にすっぽりと吸い込まれるようにして見えなくなった。
蓮野に降る雪
もう、どれくらい歩いただろうか。
サヨンは鉛のように重い脚を引きずるようにして歩いた。
屋敷を出ること自体は、考えていたよりははるかに容易かった。丁度、二人が居た場所が庭の最奥部であったこともあり、二人は手近な塀を乗り越えて易々と脱出したのだ。
お嬢さま育ちのサヨンは、これまで塀を乗り越えて外に出た経験はない。トンジュは先に自分が楽々と塀に飛び乗り、後に続くサヨンを逞しい腕で引き上げてくれたのだった。
サヨンは塀の上でかなりまごついた。屋敷をぐるりと取り囲む塀はかなりの高さがあるのだ。しかも、そのときのサヨンはチマを穿いていた。その姿で飛び降りるのは正直、躊躇われたものの、先に着地したトンジュに励まされ、ようよう眼を瞑って身を躍らせたのだ。
下で待っていたトンジュはサヨンを難なく両腕で受け止めた。彼の力強い腕にしっかりと抱き止められた時、サヨンは自分でもはしたないと思うほど胸の鼓動が速くなった。
