氷華~恋は駆け落ちから始まって~
第5章 彷徨(さまよ)う二つの心
サヨンは狭くて暗い部屋に閉じ込められた。一日中、陽もろくに差さない部屋である。以前は物置として使用していたのか、掃除もろくにしておらず、埃だらけ、挙げ句にはネズミまで走り回ってサヨンを愕かせた。
薄暗い部屋でも、太陽の動き程度は判る。日没が過ぎて宵の口になった頃。
サヨンは壁にもたれ、両膝を抱えて丸まっていた。つい先刻、三十半ばくらいの女中が小卓を運んできたばかりだ。小卓の上には結構なご馳走が並んでおり、漢陽で暮らしていた頃の豪勢な食事を思い出したほどだ。
この扱いを見ても、自分が粗略に扱われているのではないと思ったが、では何故、こんなことになったのかは皆目見当もつかなかった。
久しぶりのご馳走ではあったが、当然ながら、食べる気にはなれなかった。今頃、戻ってこないサヨンをトンジュが心配しているに違いない。あの男のことゆえ、町までサヨンを探しにくるかもしれない。無茶をすれば、また傷口が開いてしまう。
トンジュのためにも一刻も早くここを出たい。しかし、ここがどこで、何の目的で自分が連れてこられたのかすら判らない状況では、下手に動くのは賢明とはいえない。
せめて手がかりでもあればと思ったけれど、閉じ込められたままの身では知りようもなかった。ところが、状況が動き始めた―しかも急転化―のである。
突然、眼前の引き戸が両側から開いた。サヨンは膝に伏せていた顔を弾かれたように上げた。自分の前に立つ男の顔を茫然として見上げた。
後ろ手に手を組み、偉そうに立っているこの男の顔を忘れるはずもなかった。
「私の顔を憶えているか?」
相変わらずきらびやかなパジチョゴリに身を包み、鐔広の帽子は顎の部分に紫水晶を連ねたものが垂れ下がっている。もっとも、その派手な衣装がちっとも似合ってない、むしろ貧相な容貌を余計に強調しているのを当の本人は全く理解していない。
「何のつもりで、こんなことを?」
サヨンは気取り返ったアヒルのような男を下から睨んでやった。
若い男―沈勇民は薄い胸を傲然と反らした。
「フン、身の程知らずの生意気な女め。まあ、良い。その美貌と私をさぞかし愉しませてくれるであろう身体に免じて、今のところは大目に見てやろう」
薄暗い部屋でも、太陽の動き程度は判る。日没が過ぎて宵の口になった頃。
サヨンは壁にもたれ、両膝を抱えて丸まっていた。つい先刻、三十半ばくらいの女中が小卓を運んできたばかりだ。小卓の上には結構なご馳走が並んでおり、漢陽で暮らしていた頃の豪勢な食事を思い出したほどだ。
この扱いを見ても、自分が粗略に扱われているのではないと思ったが、では何故、こんなことになったのかは皆目見当もつかなかった。
久しぶりのご馳走ではあったが、当然ながら、食べる気にはなれなかった。今頃、戻ってこないサヨンをトンジュが心配しているに違いない。あの男のことゆえ、町までサヨンを探しにくるかもしれない。無茶をすれば、また傷口が開いてしまう。
トンジュのためにも一刻も早くここを出たい。しかし、ここがどこで、何の目的で自分が連れてこられたのかすら判らない状況では、下手に動くのは賢明とはいえない。
せめて手がかりでもあればと思ったけれど、閉じ込められたままの身では知りようもなかった。ところが、状況が動き始めた―しかも急転化―のである。
突然、眼前の引き戸が両側から開いた。サヨンは膝に伏せていた顔を弾かれたように上げた。自分の前に立つ男の顔を茫然として見上げた。
後ろ手に手を組み、偉そうに立っているこの男の顔を忘れるはずもなかった。
「私の顔を憶えているか?」
相変わらずきらびやかなパジチョゴリに身を包み、鐔広の帽子は顎の部分に紫水晶を連ねたものが垂れ下がっている。もっとも、その派手な衣装がちっとも似合ってない、むしろ貧相な容貌を余計に強調しているのを当の本人は全く理解していない。
「何のつもりで、こんなことを?」
サヨンは気取り返ったアヒルのような男を下から睨んでやった。
若い男―沈勇民は薄い胸を傲然と反らした。
「フン、身の程知らずの生意気な女め。まあ、良い。その美貌と私をさぞかし愉しませてくれるであろう身体に免じて、今のところは大目に見てやろう」