氷華~恋は駆け落ちから始まって~
第5章 彷徨(さまよ)う二つの心
勇民はサヨンの身体を無遠慮にじろじろと眺め回す。まるで衣服の下の素肌をなで回されているような嫌らしい視線がおぞましい。
「お前の亭主にもたっぷりと先日の礼をしてやらねばな。お陰で今もこのザマだ。今宵は大勢の来客があるというに、ええい、口惜しい」
勇民はさも悔しそうに歯がみする。なるほど、妙に生白い顔のあちこちにまだアザが残っている。半月前、トンジュに殴られたときのものだろう。両眼の周囲に青あざがあるので、子どもの頃に絵本で見た〝大熊猫〟に似ている。大熊猫というのは何でも清国に生息する珍しい動物だという。真っ白な毛並みに耳や手足、身体の一部分だけが黒く、外見が可愛い割には性格は獰猛なのだとか。
もっとも、絵本の挿絵は愛らしかったが、こちらの大熊猫は可愛いどころか不気味で滑稽だ。
勇民がせかせかとした足取りで近づき、サヨンの顎に手をかけてクイと仰のけた。
「ふむ、やはり見れば見るほど、良い女だ。あのような貧しい若造に与えておくのは勿体ない。いかに美しき玉とて、それなりの場所を与えられねば、本来の美しさを発揮して光り輝くことはできぬ。私の側妾になれば、その雪肌に映える極上の衣(きぬ)と宝飾品を与えようぞ。今宵は客が多く多忙ゆえ、相手をしてやれぬが、明日の夜は愉しみにしておくが良い」
全く、よく喋る男である。
「何もかも脱ぎ棄てた姿に、きらめく玉の首飾りと腕輪だけを身につけたそなたの姿。さぞ美しかろう」
その様を想像しているのか、嫌らしげな眼でサヨンを見てから、満足そうな表情で笑った。
勇民は一人で喋るだけ喋ると、さっさと出ていった。扉が元どおり閉まった後、サヨンは汚物に触れたように、勇民の触った顎を手のひらでごしごしと拭った。
自分こそが世界の中心だと自惚(うぬぼ)れきっているあの増上慢! あの男はトンジュを〝貧乏な若造〟と言ったが、あの男こそ、みっともないくらい着飾った貧相なアヒルではないか。苦労して難しい学問を身につけ、日々汗を流して働くトンジュの足下にも寄れやしない。
何の能もなく、ただ日々を遊んで暮らしているような腑抜けにトンジュを罵倒されたのだ。
「お前の亭主にもたっぷりと先日の礼をしてやらねばな。お陰で今もこのザマだ。今宵は大勢の来客があるというに、ええい、口惜しい」
勇民はさも悔しそうに歯がみする。なるほど、妙に生白い顔のあちこちにまだアザが残っている。半月前、トンジュに殴られたときのものだろう。両眼の周囲に青あざがあるので、子どもの頃に絵本で見た〝大熊猫〟に似ている。大熊猫というのは何でも清国に生息する珍しい動物だという。真っ白な毛並みに耳や手足、身体の一部分だけが黒く、外見が可愛い割には性格は獰猛なのだとか。
もっとも、絵本の挿絵は愛らしかったが、こちらの大熊猫は可愛いどころか不気味で滑稽だ。
勇民がせかせかとした足取りで近づき、サヨンの顎に手をかけてクイと仰のけた。
「ふむ、やはり見れば見るほど、良い女だ。あのような貧しい若造に与えておくのは勿体ない。いかに美しき玉とて、それなりの場所を与えられねば、本来の美しさを発揮して光り輝くことはできぬ。私の側妾になれば、その雪肌に映える極上の衣(きぬ)と宝飾品を与えようぞ。今宵は客が多く多忙ゆえ、相手をしてやれぬが、明日の夜は愉しみにしておくが良い」
全く、よく喋る男である。
「何もかも脱ぎ棄てた姿に、きらめく玉の首飾りと腕輪だけを身につけたそなたの姿。さぞ美しかろう」
その様を想像しているのか、嫌らしげな眼でサヨンを見てから、満足そうな表情で笑った。
勇民は一人で喋るだけ喋ると、さっさと出ていった。扉が元どおり閉まった後、サヨンは汚物に触れたように、勇民の触った顎を手のひらでごしごしと拭った。
自分こそが世界の中心だと自惚(うぬぼ)れきっているあの増上慢! あの男はトンジュを〝貧乏な若造〟と言ったが、あの男こそ、みっともないくらい着飾った貧相なアヒルではないか。苦労して難しい学問を身につけ、日々汗を流して働くトンジュの足下にも寄れやしない。
何の能もなく、ただ日々を遊んで暮らしているような腑抜けにトンジュを罵倒されたのだ。