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氷華~恋は駆け落ちから始まって~

第5章 彷徨(さまよ)う二つの心

「あんたが働いて、家計を支えているの?」
 サヨンは泣く真似をしながら、頷いた。
 と、サヨンはしゃくりあげ、上目遣いに女中を見上げた。
「おばさん、私、何でもおばさんの言うことを聞くから、味方になってくれる?」
 女中はギョッとした顔で言った。
「だ、駄目だよ。逃がしてくれって頼まれたって、そいつはできない相談だからね。あたしにも亭主と子どもがいるんだ。一時の情にほだされて、あんたを逃がしたことがバレたら、若さまにどんな酷い罰を食らうことになるかしれやしないからね」
 サヨンは首を振った。
「大丈夫、おばさんに迷惑はかけないから。ただ、私がここのお屋敷にいる間、味方になってくれるだけで良いの。その代わり、何でもおばさんの頼みをきいてあげるわ」
「判ったよ。そういうことなら、味方になろうじゃないか」
 女中は頷き、両手に持っていた小卓を眼で指した。
「じゃあ、早速、頼むよ。これを客間に運んで」
「えっ、私なんかが運んでも良いの?」
「女中頭さまに見つかったら大変だけど、今はお屋敷中が大忙しだから、まず見つからない。大丈夫だよ」
「判った、おばさんの言うとおりにする。どうしたら良い?」
「簡単なことさ。この小卓を客間に持ってくだけ」
「今夜は忙しいの? あの若さまがさっき来た時、お客が大勢来るんだとか何とか言ってたけど」
「そうだよ。今日が若奥さまのお誕生日だっていうんで、お祝いにお客がわんさか来てるんだ」
「若奥さま?」
 サヨンが不思議そうに訊くと、女中は小声で教えてくれた。
 沈勇民が去年、迎えたばかりの妻が今の中(チユン)殿(ジヨン)、つまり国王の后の妹であること、勇民は美しいが気位の高いこの妻を持て余し、結婚してから余計に女漁りが烈しくなったこと。
「まっ、若奥さまはご実家や姉君さまのご威光をを笠に着て若さまを馬鹿にしてばかりだから、若さまが若奥さまに寄りつかなくなるのも無理はないと思うよ」
 それで、今夜は大勢の祝い客が来るため、屋敷内がざわつき、女中も下男も飛び回っているのだという。

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