氷華~恋は駆け落ちから始まって~
第5章 彷徨(さまよ)う二つの心
トンジュ、トンジュ、サヨンは心の中で呼びかけた。トンジュと手に手を取って都を出てから、もう何年も経ったような気がする。自分を攫うように連れ出した男を一時は烈しく憎み、拒絶した。だが、彼はいつしかサヨンにとって大切な男になっていた。
これは、もしかしたらサヨンにとって生涯最大の賭けになるかもしれない。愛する男のためにも、是非とも上手くやらなければ。サヨンは強く言い聞かせた。
庭を横切ったサヨンは塀を乗り越え、無事に外へ出た。例によって塀を乗り越えるのにはひと苦労したけれど、これから立ち向かう試練に比べれば、何ともなかった。
サヨンが真っすぐに向かったのは履き物屋だった。今日の昼間に目抜き通りを通ったゆえ、履き物屋の場所はちゃんと憶えている。この店は露店ではなく、小さいながらも、ちゃんと店舗を構えた店だ。
当然ながら、真夜中なので戸は固く閉ざされている。サヨンは夢中で戸をたたいた。ほどなく眠そうな顔をした主人らしき男が扉を細く開けた。
「何だァ? こんな夜中に」
いかにも不機嫌そうな主人に、サヨンはまず真夜中に押しかけた非礼を詫びた。
「儲け話があるんです」
サヨンは密談の内容や義承大君の名は一切出さず、ただ三日後の早朝までに草鞋をできるだけたくさん手に入れたいのだと伝え、もし、依頼主の望みどおりになったら、大金が支払われることになるだろうと言い添えた。
「できるだけたくさんと言ったってねえ」
四十ほどの主人は大あくびしながら頭をかいた。
「お願いです、こちらのお店に置いてある在庫の草履をすべて譲って頂けませんでしょうか」
「それで? 見返りは何だい。ただ大金が転がり込むだなんて夢のような話は通用しないぞ。店の在庫をすべて洗いざらい出すんだ。こっちもそれなりの物を貰わないと損をする」
流石に長年、商売をやってきただけはある。
サヨンは頷いた。
「私が手にした金額の三分の一というのはどうでしょう?」
「ええっ、三分の一かい、そりゃないだろう」
主人はムッとした表情で、首を振った。
「駄目だ、生憎だが、他を当たってくれ」
奥に引っ込もうとするのに、サヨンは慌てて叫んだ。
これは、もしかしたらサヨンにとって生涯最大の賭けになるかもしれない。愛する男のためにも、是非とも上手くやらなければ。サヨンは強く言い聞かせた。
庭を横切ったサヨンは塀を乗り越え、無事に外へ出た。例によって塀を乗り越えるのにはひと苦労したけれど、これから立ち向かう試練に比べれば、何ともなかった。
サヨンが真っすぐに向かったのは履き物屋だった。今日の昼間に目抜き通りを通ったゆえ、履き物屋の場所はちゃんと憶えている。この店は露店ではなく、小さいながらも、ちゃんと店舗を構えた店だ。
当然ながら、真夜中なので戸は固く閉ざされている。サヨンは夢中で戸をたたいた。ほどなく眠そうな顔をした主人らしき男が扉を細く開けた。
「何だァ? こんな夜中に」
いかにも不機嫌そうな主人に、サヨンはまず真夜中に押しかけた非礼を詫びた。
「儲け話があるんです」
サヨンは密談の内容や義承大君の名は一切出さず、ただ三日後の早朝までに草鞋をできるだけたくさん手に入れたいのだと伝え、もし、依頼主の望みどおりになったら、大金が支払われることになるだろうと言い添えた。
「できるだけたくさんと言ったってねえ」
四十ほどの主人は大あくびしながら頭をかいた。
「お願いです、こちらのお店に置いてある在庫の草履をすべて譲って頂けませんでしょうか」
「それで? 見返りは何だい。ただ大金が転がり込むだなんて夢のような話は通用しないぞ。店の在庫をすべて洗いざらい出すんだ。こっちもそれなりの物を貰わないと損をする」
流石に長年、商売をやってきただけはある。
サヨンは頷いた。
「私が手にした金額の三分の一というのはどうでしょう?」
「ええっ、三分の一かい、そりゃないだろう」
主人はムッとした表情で、首を振った。
「駄目だ、生憎だが、他を当たってくれ」
奥に引っ込もうとするのに、サヨンは慌てて叫んだ。