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氷華~恋は駆け落ちから始まって~

第6章 運命を賭ける瞬間(とき)

「そいつはまた穏やかではないな。つまり、義承大君が田舎住まいをしたがったのは風流とやらのためではなく、王さまの眼をごまかすためだったんだな」
 サヨン同様、トンジュもすぐに事の全容を理解した。
「確かに物騒な話だわ。実の弟がお兄さんである国王さまを討つというのだから」
「そして、王さまは王さまで血を分けた弟を疑っていた。やりきれない話よね。でも、話はここで終わりではないの。私たちに関係があるのはこれからよ」
 サヨンは息を吸い込むと、更に話を続けた。決起が予定より三ヶ月も早まったため、兵士たちの草鞋が足りなくて大君たちが困っていること。そこに眼をつけたサヨンが町の履き物屋と交渉して店の倉庫にある草鞋すべてを出すと約束してくれたことまで打ち明けた。
 トンジュは腕組みをして考え込んだ。
「だが、たかだか小さな店一つの在庫だけで間に合うのか? 向こうはできるだけ多くの草鞋が欲しいんだろう?」
 サヨンは小さく笑った。
「その点は心配ないわ。昼間、その店の前を通りかかった時、そこの主人が隣の筆屋のおかみさんと話してたのよ」
―大きな声じゃ言えねえけどよ、うちには朝鮮中とは少し大袈裟かもしれないが、都中の人間が履くくらいの草鞋があるぞ。
 この地方は寒冷な気候のため、春先までしばしば大雪に見舞われる。そのときに履き替え用の草鞋が飛ぶように売れるため、吝嗇な主人は、草鞋が倉庫にあるにも拘わらず普段は店に出さずに、悪天候の日に出すのだ。
「もちろん漢陽中の人の数というのは信じられないけど、あそこまで豪語するからには期待できると思う」
 更にサヨンの話は続いた。履き物屋の主人と筆屋の女房の立ち話で、主人の老いた母親が長患いをしていることを知り、主人に草鞋を売って得た金の三分の一と老母の病を治してやることを約束したと話した。
「お前な、もし俺が治せなかったらとか考えなかったのか?」
 半ば呆れ顔のトンジュに、サヨンは笑った。
「トンジュは朝鮮一の名医だもの。それでね、これがご主人から聞いてきたお婆さんの症状」
 サヨンが差し出した小さな紙片には几帳面な字で、老母の症状や生活状態が書き込まれていた。

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