氷華~恋は駆け落ちから始まって~
第6章 運命を賭ける瞬間(とき)
「もちろん、お約束どおり、私たちが得た三分の一のお金はお支払いしますが、買い手側が幾ら支払ってくれるかも判らない状況では、これだけの草鞋代が貰えるかどうか確約はできません。ご主人もまた後で、他の履き物屋さんたちに草鞋の代金を払わなければならないでしょう。最悪、他の店に支払いを済ませたら、ご主人の取り分はなくなってしまうかもしれない」
主人は肉に埋もれた細い眼を更に細めた。
「良いさ、これは儂がよくよく考えて決めたことだ。たとえ取り分がなくなっちまったからといって、お前さんらに文句は言わない」
サヨンは控えめに問うた。
「何故、私たちにそこまでして下さるのですか? 商人は儲けられる見込みがない商売はしないものなのに」
主人が笑顔で首を振った。
「確かにお前さんの言うとおりだが、お前さんは一つだけ忘れていることがある。儲けだけを追求していては、信頼を得ることはできない。人の心、客の信頼を得てこそ、初めて本当の商いができるんだよ」
主人は上唇を舐め舐め言った。
「儂は苦しむ母親の姿を長年、見てきた。この病が本当に治るものなら、どれだけ金を積んでも構やしないと幾度思ったかしれない。お前さんは儂に儲け三分の一の金と一緒にお袋の病をも治してやると言った。あのときのお前さんの言葉が儂の心を動かしたんだ」
「ご主人」
サヨンの胸に熱いものが込み上げた。
―商談を決めるときには、八割が誠意をもって引き受けた仕事を全うしようという真心と義務感でなければならない。
ふいに、父の教えが耳奥でありありと甦った。
もしかしたら、履き物屋の主人にサヨンの誠意と真心が通じたのだろうか。これが、父の言っていたことなのだろうか。
―商売の道は奥深いものだ。己れの利だけを追い求めるような商売はけして人の心を得られないし、長続きはしない。長い眼で見れば、利よりも信頼を得るのを優先させた方が結果として、より大きな利に繋がるものだよ。
それが父の口癖だった。その時、サヨンは商人として大切なことを学んだような気がした。
主人は優しい眼でサヨンを見た。
主人は肉に埋もれた細い眼を更に細めた。
「良いさ、これは儂がよくよく考えて決めたことだ。たとえ取り分がなくなっちまったからといって、お前さんらに文句は言わない」
サヨンは控えめに問うた。
「何故、私たちにそこまでして下さるのですか? 商人は儲けられる見込みがない商売はしないものなのに」
主人が笑顔で首を振った。
「確かにお前さんの言うとおりだが、お前さんは一つだけ忘れていることがある。儲けだけを追求していては、信頼を得ることはできない。人の心、客の信頼を得てこそ、初めて本当の商いができるんだよ」
主人は上唇を舐め舐め言った。
「儂は苦しむ母親の姿を長年、見てきた。この病が本当に治るものなら、どれだけ金を積んでも構やしないと幾度思ったかしれない。お前さんは儂に儲け三分の一の金と一緒にお袋の病をも治してやると言った。あのときのお前さんの言葉が儂の心を動かしたんだ」
「ご主人」
サヨンの胸に熱いものが込み上げた。
―商談を決めるときには、八割が誠意をもって引き受けた仕事を全うしようという真心と義務感でなければならない。
ふいに、父の教えが耳奥でありありと甦った。
もしかしたら、履き物屋の主人にサヨンの誠意と真心が通じたのだろうか。これが、父の言っていたことなのだろうか。
―商売の道は奥深いものだ。己れの利だけを追い求めるような商売はけして人の心を得られないし、長続きはしない。長い眼で見れば、利よりも信頼を得るのを優先させた方が結果として、より大きな利に繋がるものだよ。
それが父の口癖だった。その時、サヨンは商人として大切なことを学んだような気がした。
主人は優しい眼でサヨンを見た。