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氷華~恋は駆け落ちから始まって~

第6章 運命を賭ける瞬間(とき)

「お初に御意を得ます」
「な、何だ、この娘は」
 義承大君よりも沈清勇の方が動揺し、騒ぎ始めた。
 サヨンは、大いに狼狽える清勇の方ではなく、正面の義承大君の方に向き直った。
「貴様、ここをどこだと思っている! このお方がどなたかを心得ておるのかッ」
 清勇は口から唾を飛ばしてサヨンを恫喝した。しかし、サヨンは清勇には一切、取り合わず座ったまま頭を下げた。
「国王さまの弟君義承大君であらせられます」
 義承大君は見たところ、三十代半ばくらい。清勇と同様、義承大君も特に戦衣装に身を包んではおらず、薄紫の高級そうなパジチョゴリに帽子を被っている。
 鶯色の座椅子(ポリヨ)にゆったりと座り、墨絵の蓮花が大胆に描かれた屏風を背にして座っている。流石に清勇のような小者と違い、その場の空気を変えるような威圧感を全身から放っていた。
 大君は値踏みをするように感情の読み取れぬ眼でサヨンを見つめている。サヨンを射竦める鋭い眼光に、身がすくみそうになるが、必死で気力を奮い立たせた。
「大君さま、私のお話を聞いて頂きたいのです」
 いきなり切り出したサヨンを、清勇が気違いでも見るような眼で見た。
「話にならん。お前のような者が一体、大君さまに何の話があるというのだ! ええい、誰かいるか、この怪しい娘をつまみ出せ」
 清勇が喚くと、すぐに扉が開いて、屈強な男が顔を覗かせた。やはり、呼べばすぐに来られる場所に人を配置しているのだ。間違いなく決行は明日だ。サヨンは確信を深めた。
「この女を連れてゆけ」
 清勇が顎をしゃくり、サヨンは現れた大男に腕を掴まれた。そのまま強引に引き立てられてゆこうとされ、大声で叫ぶ。
「お願いです、話だけでも聞いて下さい。大切な明日という日のためには是非とも必要な話です」
 わざと〝明日〟に力を込めて発音した。
 大君がスと片手を上げる。
「待て、話くらいは聞いてやろうではないか」
「しかし―」
 大君にギロリと睨まれるやいなや、清勇は渋々口をつぐんだ。〝そなたは下がっておれ〟、清勇に言われ、大男はサヨンを放し、静かに部屋を出ていった。

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