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氷華~恋は駆け落ちから始まって~

第6章 運命を賭ける瞬間(とき)

「二千もあれば上等だ。して、そちらの望みは?」
 サヨンが希望を応えると、大君は眉一つ動かさず頷いた。
「良かろう。そなたの望みどおりの黄金を遣わす。清勇、後はそなたに任せたぞ。申しておくが、これは私の体面にも関わることだ。万が一、娘を始末しようとしたり、黄金を支払わなかったりしたら、その貧相な頭が身体と真っ二つに離れる―、さように心得よ」
 大君は清勇の狡猾で残忍な気性をよく見抜いているようであった。
「ははっ」
 釘を刺された清勇は一瞬悔しげに顔を歪めたものの、慇懃に頭を下げる。
「して、肝心の草鞋は?」
 問われ、サヨンは婉然と微笑んだ。
「お屋敷の外にて私の良人が待機しておりますれば、そこにすべてございます。先に黄金を頂きましたれば、すぐにでも、耳を揃えてお渡し致しまする」
「―」
 大君が虚を突かれたように眼を見開き、それから愉快そうに声を上げて笑った。
「なるほど、確かに、そなたは骨の髄からの計算高い商人らしいな」
 室を出た刹那、サヨンは身体中の力が抜け、放心状態になった。よくぞ義承大君ほどの大物を相手にここまで対等に渡り合えたものよ―、自分でもいまだに狐につままれているか、夢を見ているようだ。
 大君と話している間は、まるで自分ではない別の誰かが喋っているようで、自分の身体なのに別の者が乗り移っているような感覚が続いていた。
 サヨンがいなくなった後、義承大君は唸った。
「たいした女だ。度胸の据わり方が並大抵ではない。もしあれが男であれば、私が王になったら、是非側近として召し抱えたいくらいだ」
 その口調には明らかに感に堪えぬ様子が窺える。清勇は大君におもねるように応える。
「あの美貌なら、側近よりは側室としてお迎えになっては? さぞ大君さまをご満足させることでしょう」
「そなたには、あの娘の真の価値が見えぬのか。もし、こたびの計画が失敗したとすれば、私の不幸は、あのような者が側にいなかったことであろうな」
 大君はただ静かに笑っているだけで、清勇の言葉には耳を貸そうともしなかった。

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