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氷華~恋は駆け落ちから始まって~

第6章 運命を賭ける瞬間(とき)

 最初、都に二人で帰りたいのだとサヨンが言い出した時、トンジュは特に反対はしなかった。
―このままでは、やはりいけないと思うの。都に戻ってお父さまにちゃんと私たちのことを認めて貰って、そこから改めて出発してみない?
 トンジュを愛しているからこそ、世にも認められた夫婦となりたかった。サヨンを連れ出すことで、トンジュは未来を失った。サヨンは彼に陽の当たる道を歩かせてあげたいと願ったのだ。トンジュという男は、山奥に埋もれさせてしまうには惜しい才覚を持っている。
 これは大きな賭であった。特にトンジュにとっては。大行首がトンジュを許さなければ、彼は生命を失う危険すらあった。それでも、彼は故郷に帰りたいと願う妻の心を思いやり、身の危険を覚悟でサヨンと共に都に帰ってきたのである。
 トンジュは、サヨンを連れ出す際には、戻った娘を大行首が寛容に迎えるのではないかと言ったが、あれはあくまでも、サヨンをその気にさせるためであった。
 彼自身、二人がおめおめと都に舞い戻ったからといって、何事もなく―特にトンジュは―無事に済むとは考えていなかった。
「大行首さま、俺はどうなっても構いません。使用人の身で主家のお嬢さまを攫い、み月もの間、連れ回した罪がどれほどのものかは判っております。どうかお嬢さまだけは、このまま何事もなかったように迎えて差し上げて下さいませんか? 俺は鞭打たれるなり、生命を奪われるなり、相応の処罰を受ける覚悟はできています」
 トンジュはサヨンには構わず、ヨンセを真っすぐに見つめた。
「お願いだから、止めて。あなたを失って、私にどうやって生きてゆけと言うの? お父さまにこんなことを言はずではなかったでしょ」
 サヨンが悲鳴のような声で言った。
 トンジュに取り縋って泣く娘を、ヨンセは苦い薬でも飲んだような表情で眺めていた。
「どうやら、サヨンからトンジュに連れていって欲しいとせがんだのは嘘ではないらしいな」
「いえ、大行首さま、それは違います。躊躇うお嬢さまを唆したのは、この俺で―」
「黙りなさい」
 ヨンセがトンジュを一喝した。

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