
氷華~恋は駆け落ちから始まって~
第1章 始まりの夜
「つまらない話しかありませんよ。お嬢さまのように都生まれの都育ちの方には想像もできない貧しい村ですので」
「自分のふるさとをそんな風に言うものではないわ。ね、また、いつかトンジュの故郷の村の話を聞かせて」
わざと歩く明るく言うと、トンジュが笑った。
「いつか、ね。それにしても、白い膚だ。俺の村も真冬にはたくさん雪が降るんです。こんな風にすべらかな真っ白な雪が」
トンジュの声がいつしか熱を帯びている。
まるで歌うように喋りながら、彼はサヨンの脚を優しい手つきで撫でている。
「旦那さまがお嬢さまを掌中の玉と愛でていたお気持ちが今になってよく判りますね。お嬢さまは宝だ。宝は屋敷の奥深くに隠して、けして誰にも奪われないようにしまっておくものなんです」
「ねえ、トンジュ。薬を早く塗って」
早く手を離して欲しいと思うのに、トンジュは執拗に脚に触れた。サヨンが急かすまで、トンジュはサヨンの脚をまるで憑かれたように撫で続けていた。薬を塗り終えてから、サヨンは立ち上がろうとして思わず呻いた。
「痛ッ」
トンジュが溜息をついた。
「仕方ありませんね、少しだけここで休んでいきましょうか」
トンジュの横顔は硬かった。
サヨンは申し訳なさで一杯になりながら謝る。
「ごめんなさい。私のせいで、予定が遅れてしまうわね」
トンジュは何も言わず、無表情に前方を見つめているだけだ。
沈黙に押し潰されそうになった時、トンジュが唐突に口を開いた。
「お嬢さまは俺に触れられるのは嫌ですか?」
え、と、サヨンは思いもかけない言葉に眼を見開いた。
トンジュがほろ苦く笑う。
「俺がさっき脚に触れた時、すごく嫌そうに見えたから」
サヨンは首を振った。
「そういうわけではないの。あの―、誤解しないで。トンジュが嫌というわけではなくて、誰でもよ。他の誰にも身体を触れられるのは嫌いなの」
先刻、トンジュの手と自分の手が触れあったときは、むしろ胸のときめきを憶えたほどだった。
「自分のふるさとをそんな風に言うものではないわ。ね、また、いつかトンジュの故郷の村の話を聞かせて」
わざと歩く明るく言うと、トンジュが笑った。
「いつか、ね。それにしても、白い膚だ。俺の村も真冬にはたくさん雪が降るんです。こんな風にすべらかな真っ白な雪が」
トンジュの声がいつしか熱を帯びている。
まるで歌うように喋りながら、彼はサヨンの脚を優しい手つきで撫でている。
「旦那さまがお嬢さまを掌中の玉と愛でていたお気持ちが今になってよく判りますね。お嬢さまは宝だ。宝は屋敷の奥深くに隠して、けして誰にも奪われないようにしまっておくものなんです」
「ねえ、トンジュ。薬を早く塗って」
早く手を離して欲しいと思うのに、トンジュは執拗に脚に触れた。サヨンが急かすまで、トンジュはサヨンの脚をまるで憑かれたように撫で続けていた。薬を塗り終えてから、サヨンは立ち上がろうとして思わず呻いた。
「痛ッ」
トンジュが溜息をついた。
「仕方ありませんね、少しだけここで休んでいきましょうか」
トンジュの横顔は硬かった。
サヨンは申し訳なさで一杯になりながら謝る。
「ごめんなさい。私のせいで、予定が遅れてしまうわね」
トンジュは何も言わず、無表情に前方を見つめているだけだ。
沈黙に押し潰されそうになった時、トンジュが唐突に口を開いた。
「お嬢さまは俺に触れられるのは嫌ですか?」
え、と、サヨンは思いもかけない言葉に眼を見開いた。
トンジュがほろ苦く笑う。
「俺がさっき脚に触れた時、すごく嫌そうに見えたから」
サヨンは首を振った。
「そういうわけではないの。あの―、誤解しないで。トンジュが嫌というわけではなくて、誰でもよ。他の誰にも身体を触れられるのは嫌いなの」
先刻、トンジュの手と自分の手が触れあったときは、むしろ胸のときめきを憶えたほどだった。
