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氷華~恋は駆け落ちから始まって~

第1章 始まりの夜

 実情では名ばかりの下級両班よりはコ氏や李氏のほうがはるかに両班らしい裕福な生活を送っているのに、ただ身分が下だというだけで頭を下げねばならないのだった。
 スンチョンは、かねてから名家の娘との婚姻を望んでいた。むろん、既に四十を回った自分ではなく、長男のトクパルの嫁に欲しいと仲介人を通じて申し込んできたのだ。
 李氏に比べれば、コ氏は名門である。良民であることに変わりはないが、何しろ数代以上遡れば、その利発さを見込まれて両班家の養子として迎えられた者さえいたというほどなのだ。その家の当主は現在、礼(イエ)曹(ジヨ)判(パン)書(ソ)を務めており、血縁的にはコ氏とその家は繋がりがあるということになる。
 同じ大行首という立場にありながら、ヨンセとスンチョンでは格が違った。家格というものは、ただ商才と財力があるだけで補えるものではない。
 ゆえに、スンチョンはこれまで敵対し続けてきた商売敵に堂々と縁談を申し込んできたのだ。つまり、名家の出である嫁を迎え、〝なり上がり者〟と陰で悪し様にいわれている李氏に箔をつけようと目論んでいるのだ。スンチョンには十数人の側妾との間にそれこそ二十人近い子女をもうけているという。その中でトクパルだけは早くに亡くなった正妻の子であった。
 正妻はスンチョンには似合わないほどの清楚で儚げな佳人であったそうだ。この妻も取引相手の商人の娘であり、相手の屋敷を訪れた際に見初め、半ば攫うようにして連れ帰ったといわれている。
 トクパルは亡くなった生母よりは父に似たらしく、ひき蛙のようにぎょろりとした眼とぬめった分厚い口が気持ち悪い。誰が見ても、醜男としか言いようがなかった。
 女好きのスンチョンとしては出来の悪い息子よりは、いっそ我が身の継室に貰い受けたかったようだが、流石に外聞をはばかったというのが真相らしかった。
 と、これは侍女の美瑛(ミヨン)がこっそりと教えてくれた。
 相手がスンチョンであろうと、息子の方であろうと、たいした変わりはない。あんなひき蛙に嫁ぐのかと想像しだたけで、身体中の膚が粟立つような気さえする。
 李氏からの申し込みに最初は全く取り合おうとしなかった父ではあったが、そうなると、狡猾なスンチョンは戦法を変えてきた。長年、ヨンセとの間で奪い合っていた取引先や商売上の利権などを気前よく父に譲り渡そうと約束したのである。

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