
氷華~恋は駆け落ちから始まって~
第1章 始まりの夜
それはむろん、李氏からの申し込みを父が承諾すればの話だ。
結局、父はスンチョンの意を入れ、娘を李氏に嫁がせることで話は纏まった。以後はとんとん拍子に話は進んで、ついに明日は結納というところまで来てしまった。
明日になれば、サヨンは綺麗に着飾り、李氏からの膨大な結納品を受け取る儀式に臨むことになるだろう。このままいけば、サヨンは、否応なく李氏に嫁がされてしまう。
では、もし、このままいかなかったら?
突如として、サヨンの脳裏にそんな考えが浮かんだ。
が、直後、ふっと自嘲めいた笑みを零す。
結納前夜に許嫁となる娘が逃げたとあれば、李氏にとっては決定的な恥であり、屈辱だ。父が商売上の利権を得られないばかりでなく、執念深いスンチョンがどのような報復を仕向けてくるか判らない。
それでも、サヨンは厭だった。ひき蛙のようなトクパルの妻となるよりは、道端を歩いている貧しい若者の方がまだマシにすら思える。
トクパルと二人きりになる機会は数えるほどしかなかったけれど、いつも隙を見ては手を握ってくる。その手がまた冬だというのに、じっとりと汗ばんでいて気持ち悪いのだ。サヨンが焦って手を引き抜こうとすると、ますます力を強めてくる。
根は父親であるスンチョンのように性悪ではなく、むしろ愚鈍といえるほど木訥な気性らしい。もしかしたら、外見だけでスンチョンの中身を判断してはいけないのかもしれないと思うときもあったが、サヨンもやはり若い娘のこと、やはり醜男よりは美男の方が好ましく思えてしまうのは致し方ない。
「お嬢さま(アガツシ)、どうかなさったのですか?」
突然、背後から呼ばれ、サヨンは飛び上がった。
「敦(トン)周(ジユ)なのね」
サヨンは小さな息を吐き、声の主に向き直った。
「―泣いていたのですか?」
トンジュは月明かりに冴え冴えときらめく涙の滴(しずく)にめざとく気づいたようだ。
「気にしないで」
サヨンは微笑み、小さく首を振る。
「何がお嬢さまをそこまで哀しませるのでしょう?」
トンジュは控えめな口調で訊く。
結局、父はスンチョンの意を入れ、娘を李氏に嫁がせることで話は纏まった。以後はとんとん拍子に話は進んで、ついに明日は結納というところまで来てしまった。
明日になれば、サヨンは綺麗に着飾り、李氏からの膨大な結納品を受け取る儀式に臨むことになるだろう。このままいけば、サヨンは、否応なく李氏に嫁がされてしまう。
では、もし、このままいかなかったら?
突如として、サヨンの脳裏にそんな考えが浮かんだ。
が、直後、ふっと自嘲めいた笑みを零す。
結納前夜に許嫁となる娘が逃げたとあれば、李氏にとっては決定的な恥であり、屈辱だ。父が商売上の利権を得られないばかりでなく、執念深いスンチョンがどのような報復を仕向けてくるか判らない。
それでも、サヨンは厭だった。ひき蛙のようなトクパルの妻となるよりは、道端を歩いている貧しい若者の方がまだマシにすら思える。
トクパルと二人きりになる機会は数えるほどしかなかったけれど、いつも隙を見ては手を握ってくる。その手がまた冬だというのに、じっとりと汗ばんでいて気持ち悪いのだ。サヨンが焦って手を引き抜こうとすると、ますます力を強めてくる。
根は父親であるスンチョンのように性悪ではなく、むしろ愚鈍といえるほど木訥な気性らしい。もしかしたら、外見だけでスンチョンの中身を判断してはいけないのかもしれないと思うときもあったが、サヨンもやはり若い娘のこと、やはり醜男よりは美男の方が好ましく思えてしまうのは致し方ない。
「お嬢さま(アガツシ)、どうかなさったのですか?」
突然、背後から呼ばれ、サヨンは飛び上がった。
「敦(トン)周(ジユ)なのね」
サヨンは小さな息を吐き、声の主に向き直った。
「―泣いていたのですか?」
トンジュは月明かりに冴え冴えときらめく涙の滴(しずく)にめざとく気づいたようだ。
「気にしないで」
サヨンは微笑み、小さく首を振る。
「何がお嬢さまをそこまで哀しませるのでしょう?」
トンジュは控えめな口調で訊く。
